事業承継

役員借入金は相続財産に含まれる!知っておきたいメリット・デメリットとは

監修

中村亨

日本クレアス税理士法人 代表 税理士 公認会計士

日本国内にある全企業のうち、約99.7%が中小企業です。

中小企業は創業者とその家族が会社の経営や資金繰りに関与することが多く、役員借入金という形で会社経営の資金調達を行うことも決して少なくありません。

しかし、役員借入金は相続時に大きなトラブルが発生することも多く注意が必要です。

役員借入金は「相続財産」として扱われるため、相続手続きに大きな影響を及ぼします。

そこで、 本記事では役員借入金の基本的な仕組みから、相続財産に含まれるケース、そして相続する際のメリット・デメリットまでわかりやすく解説します。

1. 役員借入金とは?

役員借入金とは、会社の社長や役員が会社に対してお金を貸し付けることを意味します。

事業資金が必要となった場合には、一般的に金融機関からの融資を受けることが多いですが、すでに借入が多い場合や売上が低迷している場合などでは、融資が受けられないこともあります。

そんな時に活躍してくれるのが「役員借入金」です。

この章では役員借入金について基本的な仕組みを解説します。

1-1. 役員借入金の仕組み

企業経営を続けていくにあたり、資金を調達したい場面を迎えても、開業直後や赤字続きで思うように融資が受けられない場合があります。

役員借入金なら、社長や役員といった個人が会社に対してお金を貸付できるため、審査も担保も不要です。

また、役員借入金は金融機関の融資のようなルールに縛られないため、利息や返済期限を自由に決められます。

一方、役員にとっては会社に資金を貸し付けることで、資金繰りを助け、会社の成長に貢献できるという側面があり資本金に類しているとも言えます。

ただし、返済をあいまいにしていると、帳簿上で長きにわたって負債が計上され続けることになります。

放置していると、次に紹介する「相続時」において相続人が対応に困る可能性があるため、できる限り早期に解消しておくことが望ましいでしょう。

2. 役員借入金は相続財産に含まれる

役員借入金として、社長や役員が会社に対してお金を貸付したまま亡くなってしまったら、相続時にはどうなるでしょうか。

社長や役員は個人資産を貸し付けたまま亡くなったことになるため、相続財産に含める必要があります。

相続人は役員借入金も相続財産にプラスして相続税計算を行う必要があり、会社側としては相続人に返済を行う必要が生じます。

この章では役員借入金がもたらす相続時の影響や、相続放棄について詳しく解説します。

2-1. 役員借入金がもたらす相続への影響とは

原則として役員借入金は、相続財産に含まれます

つまり、会社が役員に返済すべき債務は、役員が亡くなった場合、その相続人に引き継がれることになります。

相続人は役員借入金を会社から返済してもらう権利(債権)を相続することになり、以下のように分けて整理する必要があります。

  • 相続財産上は、役員借入金はプラスの財産
  • 会社にとっては、役員借入金はマイナスの財産

貸し付けた金額が大きければ大きいほど、相続税の課税対象となる可能性が高くなり、会社側は相続人に返済しなければならない債務が大きいことになります。

高額の役員借入金がある場合、会社側に返済能力がなければ相続人は返済が受けられません。

また、利息がある場合は元本にプラスされるため、高額の相続財産となってしまい、相続時の納税資金も不足してしまうおそれがあります。

2-2. 相続財産に含まないケースもある

例外的に、役員借入金が相続財産に含まれないケースも存在します。

例えば、以下のような場合が考えられます。

  • 会社の破産手続が開始されていたり、更生や再生計画が認可されたりしている
  • 業績不振や重大な損失の発生で事業廃止・又は6か月以上休業している など

会社がすでに法的な債務整理を受けている、あるいは返済不能状態に陥ってから長期間経過している場合は、相続財産に含めないことも可能です。

2-3. 相続放棄すれば役員借入金も相続しない

相続人が相続放棄をする場合は、役員借入金(会社への貸付金)も相続しません。

相続放棄とは、被相続人のすべての財産(プラスの財産もマイナスの財産も含む)を一切引き継がないことです。

相続人が借金などのマイナスの財産が多い場合や、生前から被相続人と相続人の関係が悪かった場合などで選択される手続きです。

亡くなった社長や役員が高額の役員借入金を持っており、その会社が経営不振で返済の見込みが立たない場合や、他の負債が多額である場合などには、相続人が相続放棄を選択すれば債権も引き継ぐ義務はなくなります。

ただし、相続放棄は、プラスの財産(預貯金、不動産など)もすべて放棄することになるため、慎重な判断が必要です。

また、相続放棄は原則として「自己のために相続があったことを知った時から3ヶ月以内」に行う必要があります。(期間の伸長は可能です)

参考:裁判所 相続の放棄の申述

3. 役員借入金を相続するメリット・デメリット

役員借入金を相続する場合は、メリットとデメリットの両面を知っておくことが大切です。

  • メリット:会社からの返済を受ける権利がある

相続人は、会社から役員借入金の返済を受ける権利を相続します。

会社の経営が安定していれば、相続税の納税資金や、相続人の生活資金として利用できる可能性があります。

  • デメリット①:相続税の負担が大きい

会社経営の実態や帳簿を知らない相続人の場合、相続税に備えがなく予想以上の相続税に直面するおそれがあります。

  • デメリット②:相続トラブルになるおそれがある

会社の実態を知っている相続人と、知らなかった相続人では相続税や会社経営への理解度が異なることも予想されます。

このようなケースでは、事業継承や相続財産の分配をめぐり、大きなトラブルになる可能性もあります。

このように、役員借入金は相続人にとってトラブルの火種となるおそれがあるため、できれば生前からしっかりとした対策を講じることがおすすめです。

4. 役員借入金の生前対策とは?4つの方法を解説

社長や役員の死去後に、ご家族が「役員借入金」の存在を知り驚くケースは決して少なくありません。

役員借入金が相続人に重い負担とならないように、できれば生前から対策を講じておくことがおすすめです。

この章では、役員借入金について生前に行える代表的な4つの対策方法を具体的に解説します

4-1. 役員報酬の減額を行い返済に充当

会社から支払われている役員報酬を減額し、その金額を会社から役員個人への返済に充てる方法があります。

シンプルで実行しやすい方法です。

これにより、会社の帳簿上から役員借入金が徐々に減少していきます。

ただし、役員報酬を減額すると会社の利益も増加するため、返済期間中は法人税が増えてしまうおそれがあります。

また、役員報酬の減額はいつでも自由に行えるものではありません。

事業年度の開始時に変更を行う必要があります。

4-2. 生前に債権放棄をしておく

役員貸付金は、債権放棄によって解決することも可能です。

役員借入金は役員が会社に対して持つ「債権」であり、生前に放棄することで、相続財産から役員借入金を消滅させることができます。

「債権放棄通知書」を用いて、貸付金の債権を放棄する旨を内容証明郵便で通知します。

通知を受け取った会社は、取締役会で役員から受けた債権放棄について、決定を行った上で議事録に日付や事実を記録します。

ただし、会社は返済すべき役員借入金がなくなったことになるため、債務免除益(※)を計上する必要があります。

債務免除益は特別利益として計上されるため、法人税の課税対象となる可能性があるほか、みなし贈与にも注意する必要があります。

(※)債務免除益が出ても、会社に赤字(繰越欠損金)がある場合は相殺できます。

4-3. 役員借入金を贈与する

役員借入金を、生前に相続人になる可能性がある人へ贈与しておくことも1つの方法です。

役員が保有する役員借入金(債権)を、子や孫などの相続人に贈与します。

贈与のため贈与税の対象となりますが、暦年贈与であれば基礎控除枠(年間110万円)を活用することで贈与税はかかりません。

また、暦年贈与は1人につき年間110万まで贈与税がかからない仕組みのため、複数人へ贈与することで早期に借入状態を解消できます。

例として、妻と子2名に贈与する場合、330万円まで非課税です。

ただし、相続税の持ち戻しには注意が必要です。

■相続税の持ち戻しとは

相続開始前3年以内(※2024年1月1日以降の贈与からは7年以内に順次延長)に行われた贈与は、原則として相続税の計算対象に持ち戻し(加算)されます。

役員借入金が大きい場合、110万の基礎控除や相続税の持ち戻しを踏まえると、思うようなペースで役員借入金を減らせないだけでなく、相続税が課税されるおそれもあります。

4-4. 資本金へ振り替える

役員借入金は会社の資本金に振り替えることも可能です。

この方法は「デット・エクイティ・スワップ(DES)」と呼ばれています。

資本金へ振り替えると会社の負債(役員借入金)が減少し、資本金が増加します。

負債が減り資本が増えることで、会社の自己資本比率が向上するため財務の健全性が高まります。

金融機関からの評価も上がりやすく、新たな融資を受けやすくなる手法です。

例として、2,000万円の役員借入金をDESによって振り替える場合、2,000万円の株式を新たに取得することになります。

会社は返済義務から解放されるものの、債務超過の場合はDESを行えない場合があるため注意が必要です。

また、法人税が増税となる可能性もあります。

贈与税などの課題が発生する場合もあり、注意点が多い手法ですので税理士へ相談しながら進めることが大切です。

5. 役員借入金を相続トラブルにしないコツとは

役員借入金は、会社の資金繰りを助ける一方で、その存在が不明瞭な場合は相続トラブルに発展するおそれがあります。

このような事態を避けるためには、生前から関係者が足踏みを揃えて計画的に対策を講じ、透明性の高い状態にしておくことが重要です。

この章では、役員借入金が原因で相続トラブルに発展しないための具体的なコツを解説します。

5-1. 役員借入金の存在と金額を明確にする

まず、会社経営に携わる社長や役員が役員借入金を支出している場合、「いくらあるのか」「誰が会社に貸しているのか」「利息はどうなっているのか」を明確にしておくことが大切です。

中小企業の場合、家族経営であっても一部の関係者しか財務状況を把握していないケースも見られます。

しかし、高齢社会の日本において、経営者も家族も高齢となっているケースは多く、相続が立て続けに起きてしまい相続税の資金難に陥る人も少なくありません。

贈与を使って役員借入金を解消する場合、将来相続人になる可能性がある家族にも情報を共有する必要があります。

5-2. 遺言書の活用も検討する

役員借入金はもちろん、相続時に事業継承も予想される場合は、遺言書を作っておくことも大切です。

会社に対する役員借入金は、遺言書で後継者に相続させるように指定することもできます。

この方法なら、後継者以外の相続人が会社に返済を要求するという事態は避けることができます。

ただし、役員借入金の金額が大きい場合、遺言書の内容によっては後継者が他の相続人の遺留分を侵害するおそれがあります。

遺留分を侵害した遺言書自体は違法ではありませんが、他の相続人から遺留分侵害額請求を受ける可能性があるため注意が必要です。

5-3. 税理士や弁護士などの専門家への早期相談を行う

役員借入金が相続に与える影響は複雑であり、税務や法律の専門知識が不可欠です。

また、相続時に複雑な遺産分割や高額の相続税納付が予想される場合は、早くから税理士に会社の財務状況や役員借入金の現状などを正確に把握してもらいましょう。

さまざまな種類の財産評価額について、相続税資金の確保のためにも試算してもらうことが大切です。

事業継承や債権譲渡契約書の作成、相続トラブルを見据えた遺言書の作成などは弁護士のサポートを受けることも有効でしょう。

6. 役員借入金の相続対策は生前から始めましょう

本記事では相続時に影響を及ぼす役員借入金について、解消方法や生前の対策を中心に詳しく解説しました。

役員借入金は、会社経営に欠かせない資金調達手段の1つです。

しかし、経営者の万が一の際に「相続財産」として扱われることは、多くの経営者や役員とそのご家族に見落とされがちな落とし穴となっています。

役員借入金は、相続財産としては「プラスの財産」である会社の債権として評価され、相続税の課税対象となる可能性があるため、できる限り生前から解消を目指した対策を講じましょう。

事業承継についてより詳しく知りたい方は、下記記事も併せてご覧ください。

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監修

中村亨

日本クレアス税理士法人 代表
税理士
公認会計士

2002年8月に会計事務所として創業、2005年には税理士事務所を開業し、法人や個人のお客様の会計・税務の支援をする中で、「人事労務の問題を相談をしたい」「事業承継を検討している」といったお客様のニーズに応える形でサービスを拡大し続け、現在では社会保険労務士法人など複数の法人からなるグループ企業に成長してきました。お客様に必要なサービスをワンストップで提供できることが当社の強みです。

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