近年相続対策の1つとして「民事信託」が注目を集めていることはご存じでしょうか。
高齢社会を突き進む日本において、高齢となった家族の財産をどのように管理し、相続を迎えるのか、家族の中で大きな課題となっています。
そこで、本記事では注目の民事信託について、制度のしくみや活用方法、他制度との違い、実際に利用する際に知っておきたいメリット・デメリットについて詳しく解説します。
1. 民事信託とは?制度のしくみと他制度との違い
民事信託とは、ご自身の大切な財産を信頼できるご家族などへ託すために結ぶ「信託契約」を意味します。
信託法という法律に基づき契約するもので、この契約は営利目的に行われるものではありません。
この章では民事信託について、制度のしくみや比較検討されやすい他の制度との違いを詳しく解説します。
1-1. 民事信託のしくみ
民事信託とは、財産を信頼できる受託者に託し、受託者が管理・運用・処分を行う制度です。
信託契約を行う際には、以下の3者で契約を結びます。
- 財産を託す人(委託者)
- 財産を預かる人(受託者)
- 信託の利益を受ける人(受益者)
委託者とは、ご自身の財産(預貯金や不動産、有価証券など)を受託者に託す人を意味します。
次に受託者とは、委託者から託された財産を、信託契約で定められた目的に従って管理・運用・処分を行う人です。
民事信託ではご家族や親族、信託銀行などが選ばれています。
受益者は、信託された財産から生じる利益を受け取る人を指します。
委託者自身が受益者になることもあれば、配偶者や子、孫などを指定することも可能です。
民事信託では、受託者は受益者のために管理や運用、処分を行うという仕組みを理解しておきましょう。
1-2. 家族信託との違い
民事信託について調べていると「家族信託」という言葉が出てくることもがあります。
「民事信託」と「家族信託」は、実は同じものを指す言葉です。
信託には「民事信託」と次に説明する「商事信託」がありますが、民事信託の中でも、特に家族や親族が受託者となり、家族のために財産を管理・承継する目的で利用される信託を、一般的に「家族信託」と呼んでいます。
つまり、「家族信託」は民事信託の一種であり、より具体的な利用形態を指す通称のようなものです。
法的な定義としては「民事信託」が正式な名称です。
【関連記事】家族信託とは?利用のメリット・デメリット・費用を解説!
1-3. 商事信託との違い
民事信託とは別に、商事信託というものもあります。
民事信託は金融庁の許可がない個人・法人が受託者となります。
一方の商事信託は、信託銀行や信託会社など金融庁の許可を受けている専門会社が受託者になります。
商事信託は信託業法に沿って運営を行う必要があり、営利目的で行うため信託に関する報酬も発生します。
なお、NISAなどで身近な投資信託も商事信託の一種です。
民事信託 |
商事信託 |
|
受託者 |
家族、親族など |
信託銀行、信託会社など |
目的 |
特定の家族や財産の管理・承継 |
不特定多数からの財産管理・運用であり、財産管理できる範囲や種類も限られている |
規制 |
信託法 |
信託法、信託業法 |
費用 |
受託者への報酬は任意 |
信託報酬(手数料)が発生する |
1-4. 成年後見制度との違い
家族の財産管理については、成年後見制度の利用も検討できます。
では、成年後見制度と民事信託との違いは何でしょうか。
成年後見制度の目的は、認知症などで判断能力が不十分になった方を保護することであり、自由に成年後見人を被後見人自身や、ご家族が選ぶことはできません。
成年後見人の選任は家庭裁判所が行い、選任後は財産管理状況などを継続して報告する義務があります。
また、成年後見制度は法律行為の代行などはできるものの、財産の運用や処分は原則認められません。
民事信託は、財産をお持ちのご本人の意思能力があるうちに将来を見据えて、自由に財産の管理・承継方法を設計できる点が大きな特徴です。
財産管理を目的としているため、運用や処分も柔軟に行うことができます。
民事信託 |
成年後見制度 |
|
開始時期 |
本人の意思能力があるうちに契約を締結 |
本人の意思能力が不十分になった後 |
目的 |
財産管理・承継、柔軟な財産活用の設計 |
本人の保護や財産管理、身上監護 |
柔軟性 |
契約内容で自由に設計可能 |
財産の運用や処分は原則不可 |
財産の使用目的 |
契約で定めた目的に従い幅広く設定可能 |
生活や医療、介護など本人の利益のため |
監督者 |
契約で定めた監督人(任意) |
成年後見監督人が選ばれるケースもある(家庭裁判所が選任) |
費用 |
契約作成費用、専門家報酬(任意) |
後見人への報酬、裁判所への申立費用など |
2. 民事信託の活用方法とは?おすすめされる4つのケース
民事信託は、さまざまな状況で活用できる柔軟な制度です。
この章では民事信託の活用がおすすめされる具体的なケースを4つにわけてご紹介します。
2-1. 生前から財産管理を家族に託したい
ご自身が元気なうちに、将来の病気や認知症に備えて、大切な財産の管理を信頼できる家族に任せておきたいと考える方は少なくありません。
民事信託を活用すれば、以下のような形で生前の財産管理をスムーズに進めることができます。
- 認知症対策
認知症などで判断能力が低下すると、預貯金の引き出しや不動産の売却などが困難になる場合があります。
民事信託で家族を受託者にしておけば、判断能力が低下した後も、受託者である家族が信託契約に基づいて財産を管理・運用・処分できるため、財産が凍結されるリスクを回避できます。
- 柔軟な財産管理
委託者が元気なうちは、受託者と協力しながら財産管理を行うことも可能です。
例えば、特定の不動産の管理を受託者に任せつつ、預貯金は自分で管理するといった柔軟な設定もできます。
- 生活費の確保
信託契約で、委託者自身の生活費を信託財産から定期的に支払うよう定めておくことも可能です。
これにより、障害のあるお子さまにも将来の生活費を残していくことができます。
2-2. 相続対策を生前から進めておきたい
民事信託は単なる財産管理だけでなく、円滑な相続を実現するための方法としても注目されています。
特に、以下のような相続対策に活用できます。
- 公平に財産を分配したい
複数の相続人がいる場合、特定の財産(例・実家など)を特定の相続人に相続させたいが、他の相続人との間で公平性を保つために悩んでしまうケースがあります。
民事信託を活用すれば、「実家は長男に、その代わり他の財産は次男に」といった特定の財産を特定の相続人に確実に承継させつつ、他の相続人への配慮も含めた柔軟な設計が可能です。
- 「3代先」まで見据えた財産承継
通常の相続や遺言では、次の世代への遺産相続しか実現できません。
しかし民事信託では3代先の相続まで決められます。
ご自身の意思を長期にわたって財産に反映させ、大切な財産を確実に未来へ繋ぐことができます。
- 特定の目的のための財産確保
障がいを持つ子どもの将来の生活費を確保するために、その子が生涯にわたって信託財産から生活費を受け取れるように設定するなど、特定の目的のために財産を確保し、その目的が達成されるまで管理を任せることができます。
2-3. 成年後見制度を回避した財産運用を依頼したい
成年後見制度は家庭裁判所の監督下にあり、財産の使い道や管理方法に制約が設けられています。
また、現在の成年後見制度では一度後見人が選任されると、本人が回復しても後見制度を終了させるのは容易ではありません。
民事信託は、本人の意思能力があるうちに契約を結ぶことで、将来の判断能力低下に備えつつ民事信託の契約内容は、委託者の意思に基づいて自由に設計できます。
例として、特定の不動産を売却し、より魅力的な不動産を購入するといった成年後見制度では難しい柔軟な財産運用も、信託契約で定めておけば実現可能です。
また、成年後見制度は成年後見人を家族や被後見人の意志では選べず、信頼関係が構築しにくいというデメリットがあります。
民事信託で信頼できる家族を受託者にすることで、家庭裁判所の手続や監視を経ずに、家族間で財産管理を完結させることができます。
プライバシーが守られ、手続きの負担も軽減されます。
2-4. 事業継承で安全に経営交代を進めたい
中小企業の経営者にとって、自身の引退後の事業承継は大きな課題です。
日本にある企業の99.7%は中小企業であり、現在深刻な少子高齢化の進行により事業継承に頭を抱える経営者が多くなっています。
民事信託は、円滑かつ安全な事業承継を実現するためにも有効です。
例えば、会社の株式を信託財産とし後継者を受益者とすることで、自身の死後や引退時にスムーズに株式を後継者に承継させることができます。
生前から株式の相続対策を進めておくことで遺産分割協議による株式の分散を防ぎ、経営権の安定化を図ることが可能です。
また、信託契約の中で後継者が経営を行う上での条件や、万が一の際の対応などを定めておくことで経営者の事業への意思を将来にわたって事業に反映させることができます。
参考:独立行政法人 中小企業基盤整備機構 日本を支える中小企業
3. 民事信託の利用前に知っておきたいメリット・デメリット
民事信託は柔軟な資産運用ができること、成年後見制度ほど厳格な制限がないことから、現在注目が高まっており、利用を検討している方も多いでしょう。
では、実際に民事信託を利用する際には、デメリットはないのでしょうか。
そこで、この章では知っておきたいメリット・デメリットを詳しく解説します。
3-1. 民事信託のメリット
民事信託のおもなメリットは以下のとおりです。
- 柔軟な資産管理・運用が可能
委託者が設定した目的に合わせて、受託者が柔軟に資産を管理・運用できます。
例えば、特定の受益者への定期的な金銭交付や、不動産の管理・売却なども可能であり、遺言書よりも細かく財産承継を指示できます。
- 倒産隔離機能
信託された財産は、受託者へと所有権が移ります。
つまり、委託者の事業が破産したとしても、その影響は受けません。
委託者の事業リスクと個人資産を分離し、家族の生活を守る効果も期待できます。
- 複数人の受益者を設定できる
1つの信託契約で、時期や条件に応じて複数の受益者を設定することができます。
これにより、障がいを持つ子どもの生活保障や、孫への教育資金の贈与など、きめ細やかな支援が可能になります。
3-2. 民事信託のデメリット
一方で、民事信託には以下のようなデメリットも存在します。
- 専門家への依頼が必要となる場合が多い
信託契約は魅力的であるものの、契約が複雑になりやすく法的知識や専門的なノウハウが必要となるため専門家への依頼が一般的です。
専門家へ相談する場合は相談料や書類作成費用などの費用が発生します。
- 税務関係が複雑
信託には贈与税や所得税、相続税などが複雑に絡み合います。
信託契約の内容によっては思わぬ税金が発生する可能性があるため、事前に税理士に相談するなどして、税務上の影響を十分に理解しておく必要があります。
- 受託者の負担が大きくなりやすい
受託者は、信託財産の管理・運用を適切に継続していく必要があり、専門知識が必要となることも少なくありません。
契約内容によっては受益者へ継続して金銭を渡すなどの作業もあり、多岐にわたる責任を負います。
家族内で適任者を見つけることが困難なケースもあり、慎重に検討する必要があります。
- 家族・親族間のトラブルに発展する可能性
信託契約の内容や受託者の選任を慎重に行わなければ、親族内に誤解を招く可能性もあり、相続時などに不信感や不満が生じ、かえってトラブルに発展する可能性があります。
4. 民事信託における2つの注意点
民事信託を始める際には、押さえておきたい注意点もあります。
この章では2つの注意点をわかりやすく解説します。
4-1. 民事信託は身上監護はできない
民事信託は財産管理を目的とするものであり、成年後見制度にある身上監護を行うことはできません。
身上監護とは認知症などの高齢家族の施設入所手続きや介護を意味します。
例えば、委託者が認知症になった際に、入通院にともなう介護施設との契約はできず、さらに法律行為である訪問販売への対応などを行う権限はありません。
また、すでに判断能力が低下しているご家族が民事信託の契約を行うこともできないため、導入を検討されている場合は早めに検討することが大切です。
4-2. 相続税の節税効果は別に行う必要がある
民事信託は柔軟な財産管理や相続対策、円滑な事業承継などに有効ですが、信託契約を結んだだけでは、原則として相続税の節税効果は期待できません。
信託された財産は、基本的に「誰が実質的に利益を受けるか(受益者が誰か)」によって課税関係が決まります。
信託を設定したからといって、財産の評価額が下がるわけではないため、相続税の計算における財産の評価額が自動的に減ることはありません。
相続税の節税を考える場合、民事信託とは別に、従来の相続税対策として贈与や生命保険の加入、養子縁組などの手法を組み合わせる必要があります。
5. 民事信託は慎重に検討を!税の不安は専門家へご相談ください
本記事では民事信託について、おすすめの活用方法や注意点を詳しく解説しました。
高齢社会が進行する日本では、成年後見制度よりも柔軟な資産管理・運用・処分が可能な民事信託に注目が集まっています。
メリットも多いですが、複雑な契約になりやすいためデメリットも知っておきましょう。
利用を検討する際は、ご自身の状況や目的に合っているか、費用対効果はどうかなどを慎重に検討することが重要です。
特に節税対策と合わせたい場合は、税の不安を解消するためにも税理士へご相談ください。