農地を相続しようとするときは、登記名義人の変更手続きを含む諸届を済ませた上で相続税申告が必要です。
相続手続きよりも問題なのは、売却も活用も難しい農地特有の性質でしょう。「承継した農地を持て余した末に低価格で手放すはめになり、結果的に大赤字になった」というケースが後を絶ちません。
本記事では、農地承継のため最低限必要な手続きに加え、そもそも承継するか決める際の重要な判断基準となる「相続税」と「少しでも高い値段で売却するときのポイント」の2つを重点的に解説します。
【この記事で分かること】
農地相続時に必要な手続き・・・相続登記と農業委員会への届出の方法
農地の相続税・・・相続税の計算方法・納付猶予制度
農地の売却方法・・・地目変更するかしないかの判断基準
農地の相続放棄の方法・・・必要書類・相続放棄申述時の注意点
1.農地を相続する際に必要な手続きとは?
農地が遺産に含まれていた場合、ひとまず遺産分割協議もしくは遺言書の検認※が必要です。左記手続きにより農地承継人や取り分を決め終わったあとは、相続開始(=死亡日)の翌日から起算して10ヵ月以内に、以下3種類の手続きを完了させておかなければなりません。
※遺言書の検認とは…発見された遺言書を家庭裁判所に確認してもらう手続きです。(公正証書遺言は検認不要)
①相続登記・・・名義人を被相続人(亡くなった人)から相続人(農地を受け継ぐ人)に変更するための手続き。
②農業委員会への届出・・・農地相続に伴い、相続人による営農許可を得るための手続き。
③相続税納付・・・農地の評価額から相続税を計算し、控除や納付猶予を適用させた上で税務署に申告する手続き。
ここではまず、農地の売却または使用に必要な①相続登記・②農業委員会への届出について解説します。
①相続登記の方法
義変更を目的とした相続登記の手続きは、農地所在地を管轄する法務局で行います。この際、下記の申請書類と添付書類に加え、費用として「登録免許税」(課税標準額×0.4%)の納付が求められます。
登記申請書に情報記入が必要となるため、登記事項証明書・固定資産税評価証明書を最優先で取得しておくとスムーズです。
【申請書類】農地に関する書類
- 登記申請書
- 登記事項証明書
- 固定資産税評価証明書(登録免許税の計算ベースとなる課税標準額の証明に必要)
【申請書類】農地に関する書類
- 被相続人の戸籍謄本(出生から死亡まで)
- 被相続人の住民票(除票)もしくは戸籍附票
- 相続人全員分の戸籍謄本(被相続人との血縁関係が分かるもの)
- 遺言書(※ある場合)
- 遺産分割協議書+相続人全員分の印鑑登録証明書(※遺産分割協議を行った場合)
- 委任状(代理人または代表者が申請する場合)
添付書類は後章解説の相続税申告時でも必要となるため、戸籍謄本や住民票については2部ずつ取得しておくことをおすすめします。また、固定資産税評価証明書に記載されている課税標準額は、相続税の計算ベースになります。左記証明書は取得時にコピーをとっておきましょう。
②農業委員会への届出
相続登記を完了させたあとは、農地所在地の市区町村に設置された農業委員会への届出(農地法第第3条の3第1項に基づく届出)が必要です。これは行政による農地の所有者管理を目的としたもので、届出しない場合は10万円以下の過料に処せられます(同法第69条)。
届出手数料は無料です。下記書類を揃え、忘れず注意して手続きを行いましょう。
【必要書類】農地法第第3条の3第1項に基づく届出
- 市区町村指定の届出書
- 相続登記終了後に取得した登記事項証明書
- 現地案内図(住宅地図の写し/該当農地を赤マーカーで囲ったもの)
- 委任状(代理人または代表者が申請する場合)
※提出する書類の内容は地域により異なります。手続きの流れや必要な持ち物などの詳しい情報は、全国の各市区町村役場に問い合わせてください。
1-1.農地承継する前に考えるべきこと
相続登記・農業委員会への届出の両手続きは、相続人に農地承継の意思があることが前提です。そもそも果たして農地を承継すべきかどうかは、登記手続きの前に熟考しなければなりません。
農地に限らずどの不動産も、ただ所有しているだけでも固定資産税やメンテナンス費などの維持コストがかかります。
コストを回収するため「相続人による農業経営」「営農者への土地貸付け」「売却」の3種類の選択肢が考えられますが、いずれも容易ではありません。そもそも、農業収益は天候等に左右されて不安定になりやすいものです。収益性を一因として全国的に離農者が増え、農地自体の需要も急激に下がっていることも無視できないでしょう。
対象の土地を相続人のものとする手続きを行う前には、少なくとも農地承継のコスト(相続税・売却時の必要経費)を明確化しておくべきです。その上で売却価格を見積もり、黒字化する場合に限って相続手続きを開始しましょう。
2.農地承継時の相続税の計算方法・納税猶予特例とは?
農地承継のコストのうちの「相続税」については、下記計算式を用いて課税額を算出することができます。
【相続税の計算方法】
(農地の相続税評価額 - 基礎控除額※) × 相続税の税率
※基礎控除額=3,000万円+600万円×法定相続人
課税額算出のポイントなるのは、式中にある「農地の相続税評価額」(税法上の農地の価値)の計算方法です。
2-1.「農地の相続税評価額」の計算方法
そもそも農地は「転用許可制度」に基づき、宅地転用の可能性に準じて計6種類に区分されています。
農地の相続税評価額の計算を始めるときは、まず①市区町村に問い合わせて農地区分を確認し、次に②税法上の区分に当てはめ、最後に③評価額算出時にどの計算方法を用いるか確認しましょう。
【農地区分別】相続税評価額の計算方法
①都道府県知事or市区町村長が指定する農地区分(宅地転用の可能性が高い順) | ②税法上の農地区分 | ③相続税の計算方法 |
農用地区内農地 | 純農地 | 倍率方式 |
甲種農地 | ||
第一種農地 | ||
第二種農地 | 中間農地 | 倍率方式 |
第三種農地 | 市街地周辺農地 | 宅地比準方式で算出した評価額×80% |
転用許可を要しない農地として指定をうけたもの | 市街地農地 | 宅地比準方式or倍率方式 |
参考:財産評価基本通達第2章第3節36・農地法第4条2項
農地評価の最後のステップとなるのは、表中の「倍率方式」「宅地比準方式」に沿った計算です。それぞれ以下で確認しましょう。
2-2.倍率方式の計算方法
倍率方式では、固定資産税評価証明書に記載された「課税標準額」に一定倍率を乗算して算出します。農地ごとの倍率については、国税庁の「路線価図・評価倍率表」(http://www.rosenka.nta.go.jp/)で調べることができます。
2-3.宅地比準方式の計算方法
宅地比準方式では、課税対象の農地について「宅地評価時の1㎡あたりの価額」を算出し、左記計算結果から「宅地造成費」(農地からの転用にかかる費用)を控除し、最後に相続しようとする農地の地積(㎡)で乗算して求めます。
ここで出てきた「宅地評価時の1㎡あたりの価額」「宅地造成費」については、先に紹介した国税庁サイトで調べられます。
サイトを参照したときは、対象の農地が路線価地域と倍率地域のどちらに所在するか確認し、それぞれ1㎡あたりの価額を以下のように求めましょう。
【農地の「宅地評価時の1㎡あたりの価額」の求め方】
路線価地域・・・国税庁サイト記載の「路線価」
倍率地域・・・固定資産税評価額÷地積(㎡)×国税庁サイト記載の「倍率」
2-4.相続税の納付猶予制度とは
相続税の計算方法の解説では省いたものの、農地の相続税は宅地転用の可能性に比例して高額化します。土地を承継した人が農業を継続するにしても、その性質上収益の見通しは立てにくく、相続税は重い負担となるでしょう。
ここで検討できるのが、税申告時に適用できる「農地等を相続した場合の納税猶予特例」です。本特例の適用条件を満たす限り、農地にかかる相続税の納付を全額猶予してもらい、その後さらに要件を満たすことで猶予中の相続税が免除されます。
ただし、農業経営が難しく土地活用のアイデアもまだない相続人は、適用を見送らざるを得ません。その理由については、この後紹介する特例の具体的内容からうかがい知る事が出来ます。
2-5.納税猶予特例の適用条件
そもそも本特例は「被相続人の代から途切れなく農業が営まれていること」が前提です。被相続人・相続人・対象となる農地のそれぞれに以下のような適用条件が指定されています。
【被相続人の条件】
→いずれかに該当すれば適用可
- 死亡日まで自身で農業を営んでいた
- 生前、市区町村の定める「土地の貸付け制度」(営農困難時貸付け・特定貸付け等)を利用し、自分以外の農業経営者に土地を貸し出していた
【相続人の条件】
→「相続税+利子税分の担保供与」および「3年毎の農業継続届出」に加え、以下いずれかに該当すれば適用可
- 相続税の申告期限までに、自身で農業経営を開始した
- 相続税の申告期限までに、市区町村の定める「土地の貸付け制度」(営農困難時貸付け・特定貸付け)を利用し、自分以外の農業経営者に土地を貸し出した
【農地の条件】
→すべてに該当する必要あり
- 相続税の申告期限までに遺産分割協議が終了している
- 相続時精算課税制度が適用されていない
- 三大都市圏の特定市に所在する市街化区域内農地の一部※or特定市外または地方圏に所在する農地
※「三大都市圏の特定市に所在する市街化区域内農地の一部」とは・・・首都圏・近畿圏・中部圏の特定市に所在し、地域で「生産緑地」もしくは「田園住居地域」に指定されている農地のことです。相続する農地が該当するかどうかは、所在地管轄の役場に問い合わせて確認しましょう。
特例を適用する際は、相続人に課せられた2つの必須条件(担保供与・継続届出書の提出義務)がネックです。相続財産や自己名義の資産に一定の余裕があるか、農業経営の意思や見込み収益が十分か、慎重に考えるべきでしょう。
2-6.免除される条件
猶予中の相続税が免除される条件も、また「相続人のさらに次の世代でも農業経営が継続されること」を想定しています。いったん納税猶予されれば原則として終身営農の必要があることも、適用の際に十分検討すべきでしょう。
【納税猶予から免除へ変更される条件】
※以下いずれかが発生した場合
- 納税猶予を受けた相続人の死亡
- 対象農地の生前一括贈与(納税猶予を受けた相続人が自分で農業を営んでおり、土地貸付け制度を利用していなかった場合に限る)
- 相続税の申告期限から営農20年経過したとき※
※三大都市圏の特定市以外に所在する市街化区域内農地であり、生産緑地でないもの(田園住居地域など)のみ。
2-7.納税義務が終了する条件
本特例適用中に農業経営の断念・担保不足等の事情が生じると、猶予は打ち切られただちに相続税を納付しなければなりません。同じく、特例適用の際に織り込んでおく必要のある要素です。
【納税猶予の終了条件】
→下記いずれかの条件を満たすと、猶予されていた相続税の全額or一部+利子税(年利3.6%もしくは6.6%)の納付義務発生
- 農業経営をやめた
- 適用対象の農地を譲渡した
- 継続届出書を提出しなかった
- 市区町村に農地買取の申出をした
- (生産緑地指定されている場合)指定が解除された
- 相続人の供与した担保の価値が減少し、変更を求められても応じられなかった
以上のことから、本特例の適用が向いているのは「過去から未来に渡って代々農業経営を承継している」「担保供与や不作時の備えとして十分な資産がある」といった家庭に限られます。こうした条件に当てはまる家庭は、離農者の増加とともにますます減少しているでしょう。
3.相続した農地は売却できる?
農地承継の是非を判断するため相続税の次に問題となるのは、農地から得られる収益です。さまざまな事情で農業経営が難しく、前章の納付猶予特例に適さない人は、売却収益を得る道を考えなければなりません。
売却検討での最重要課題は「買い手募集の前に土地をどのような状態にしておくか」です。農地のままで売却するのか、それとも宅地に転用してから売却するのか、かかるコストと売却価格がトレードオフの関係にあることを考慮しなければなりません。
3-1.農地のままで売却する方法
宅地に転用のための手続きの手間・造成費は、相続人にとって重荷です。時間も費用もかけられないときは、農地のままで売却するとよいでしょう。
問題は、肝心の買い手を見つけにくい点です。「農地を拡大したい」「宅地転用して収益を得たい」と望む人と上手くマッチングできるとは限りません。当然、売却価値も需要数に合わせて低くなります。
運よく購入希望者が現れたとしても、土地条件が問題になります。
宅地造成費が高額化しそうな土地や、転用許可が下りにくい土地(農用地区内農地・甲種農地・第一種農地など)については、活用のためのコストが敬遠されて売却交渉が進まない懸念があります。
3-2.宅地に転用して売却する方法
「土地条件が悪く売りにくい」「売却価値の大幅上昇が見込める」といったケースでは、宅地転用の上で買い手募集を始めるのがよいでしょう。
ここで売り手の前に立ちはだかるのは、やはり土地条件の問題です。
行政は基本的に農地保護の姿勢をとっており、農用地区内農地・甲種農地・第一種農地などの転用については「敷地面積」「建造物の条件」などの厳しい条件を設けています。たとえ市街地周辺や市街化区域内の農地であったとしても、形状や周辺環境により造成費は高額化するでしょう。
そもそも転用が許可されない土地や、転用コストの捻出が難しい場合には、やはり農地のままで売却するのがよいと考えられます。
3-3.農地売却の相談先
農地売却については専門的な調査・分析を要します。一括査定を行う不動産会社や税理士に相談し、売却価値や税控除後の利益について調べてもらうことをおすすめします。
【参考】農地売却について受けられるサポート内容
*不動産会社:農地の売却価格査定・宅地転用の手続き&コストの見積もり
*税理士:相続税と譲渡所得税(※売却時にかかる税金)の算出・節税アドバイス
4.農地の相続放棄をする方法とは?
相続開始時から農地活用のさまざまな可能性を検討した結果、残念ながら「税金がかかりすぎる」「活用の道なし」と判断せざるを得ないケースがあります。
こんなときに選択できる最終手段が相続放棄です。
4-1.相続放棄の注意点
相続放棄は限られた時間内で十分な検討を要する手続きです。
「登記に比べて手続きが楽だから」「農地以外にめぼしい遺産がなさそうだから」といった安易な理由で進めることはおすすめできません。
本記事の最後に、農地放棄の注意点を3つ紹介します。
注意点①:手続きに期限がある
相続放棄の最初の注意点は「相続開始を知った時から3ヵ月以内」(熟慮期間/民法第915条1項)の期限がある点です。期限後の手続きは原則として認められません。
遺産分割協議や農地承継の是非について考えをまとめるのに時間がかかってしまう場合、家庭裁判所に「相続の承認または放棄の期間の伸長の申立」を行っておく必要があります。
注意点②:農地以外の遺産も放棄することになる
相続放棄の対象は遺産全体であり、農地だけでなく預貯金や居住用不動産も同時に失います。遺産に含まれる農地以外の資産を慎重に評価した結果、農地承継から生じるコスト等をわずかでも上回るのであれば、放棄は考え直すべきでしょう。
よくあるのは、放棄後になって遺産が新たに発見されるケースです。隠し財産やへそくりの存在も考慮し、財産調査は徹底しなければなりません。
注意点③:他の家族と一緒に放棄する必要がある
遺産を承継するか否かの判断では個人の意思が尊重されており、申述1件につき相続人1名までしか相続放棄できません。こうして放棄された遺産は、ほかの放棄しなかった相続人へと移転してしまいます。
相続放棄することは他の家族に連絡し、相続権のある人全員(未成年者・被後見人含む)で揃って手続きしましょう。
5.まとめ
農地を相続すると決めた時は、最低でも「①相続登記」「②農業委員会への届出」「③相続税申告」の3つの手続きが必要です。農業を営む予定のない人は、さらに売却も視野に入れなければなりません。
相続手続きの過程では、登録免許税・相続税・宅地への転用のための費用・売却手続きの手間などの積み重ねでコストが膨大になりがちです。農地承継をすぐに決めるのではなく、利益とコストを十分に比較検討すべきでしょう。
最終手段である相続放棄には期限があることから、農地が遺産に含まれると分かった段階で先々のことを把握する必要があります。なるべく早期に弁護士・税理士・不動産会社などのアドバイスを得て、農地承継の是非を判断することをおすすめします。
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相続相談はどこにするべき?専門家(税理士、司法書士、弁護士)の強み
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