人生100年時代に向けて政策の構想が進められる中、高齢化社会ならではの心配ごとも増えています。その一つが、認知症です。
内閣府が発表する「高齢社会白書」には、認知症高齢者の推計データが公開されています。平成29年版の白書では、2025年には65歳以上の高齢者のうち、約5人に1人が認知症になるという推計(「認知症有病率が上昇する場合」という条件で推計されたもの)があります。
あくまで推計値ではありますが、親の認知症は、今後どの家庭でも起こり得る問題だと覚悟しておいた方がよいでしょう。相続の観点から高齢化社会の問題をとらえると、相続税対策だけでなく、親子の安定した生活を確保するための「認知症対策」も重要になると言えます。
今回のコラムでは、認知症にまつわる財産管理対策の代表的なものである「成年後見制度」と「家族信託」について解説します。
目次 |
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1.成年後見とは |
1.成年後見とは
成年後見制度とは、判断能力が十分でなくなった方が不利益を受けないように、信頼できる人を法律上の代理人(成年後見人)とする公的な制度です。
認知症などによって判断能力が十分でなくなった人は、自分の財産について正常な判断ができなくなってしまいます。
そのため、通常では考えられないような不利益な売買をしてしまったり、悪い考えをもった人に騙されてしまったりして、財産を失う可能性があります。そこで、登場するのが成年後見制度です。
成年後見人の権利の範囲
成年後見人は、一定の親族などからの申立てにより、家庭裁判所の審判を経て選ばれます。 もし、認知症になった親の成年後見人に、子が選ばれた場合、その親が独断で行った契約を後から取り消せるなどの権限をもちます。
財産を守ること以外にも、成年後見人には、たとえば入院が必要になったときの手続きなど、その身体を守るための権限(身上監護権)も認められます。
また、判断能力の程度に応じて、成年後見人ではなく、保佐人、補助人が選ばれることもあります。保佐人や補助人になると、その権限は、成年後見人よりも小さくなります。
2.家族信託とは
そもそも信託とは、「委託者」(その財産の持ち主で、管理や運用を他人に委託する人)、「受託者」(委託を受ける人)、「受益者」(その財産から生じた利益を受ける人)、この3つの役割で、特定の財産を管理するシステムのことです。
このシステムをどうやって認知症対策に活用するかというと、一般的な方法は次のようになります。
・「委託者」…親
・「受託者」…子
・「受益者」…親
これによって、万が一、親が認知症になった後の財産管理を、子が行えるようになります。 預金を管理して治療費などの支払いに充てることや、財産の売却処分なども可能です。
節税ではなく財産の管理方法に関する制度
誤解されやすいのですが、家族信託は、相続税の節税に関して直接的なメリットはありません。あくまで財産の管理方法を決めるもので、万が一の時に、その財産が凍結されることを回避することが主の目的となります。
関連記事:「家族信託」の基本と家族信託が使われる具体的なケース
3.成年後見と家族信託の違い
成年後見と家族信託は、いずれも認知症の親をサポートできる方法ですが、違いもあります。
3.1.活用できるタイミングが違う
最も大きな違いは、それぞれの制度を活用できるタイミングです。
3.2.財産管理を行う目的が違う
成年後見制度の目的
成年後見制度の目的は、成年被後見人(認知症になった親など)の生活を守ることです。このことから、成年被後見人となった親の財産を処分しようとすると、制約を受ける場合があります。
たとえば、親が1人で生活できなくなってしまい、施設に入所することとなったため、親の家を売却したいと考えたとします。
成年後見制度を活用している場合、自宅の売却は、家庭裁判所の許可がなければ認められません。
また、株式投資などリスクのある資産運用を行うことは、ケースバイケースですが、基本的に認められないと考えておきましょう。成年後見制度は、あくまで家庭裁判所と成年後見人が協力して、判断能力が十分でない人を守る制度ですので、運用が非常に厳格なのです。
家族信託の目的
これに対して家族信託は、それぞれが行った信託契約の内容がルールとなるため、どのように財産を管理するかは柔軟に取り決めることができます。
財産を売却することも自由ですし、株式投資などの資産運用も可能です。
誰かに許可を受けたり、報告をしたりする必要もありません。
ただし信託された財産はきちんと守る義務があるため、信託された財産を私的な財産と混同して使い込むような行為はできません。このことで損失が発生すれば、損害賠償責任を負うことになります。
成年後見制度 | 家族信託 | |
メリット | ・入院手続きなど、財産管理以外の権限もある ・代理権、取消権を行使することで、被害に遭うことを防ぐことができる |
・成年後見制度に比べて、柔軟に財産管理ができる ・個人間の契約で開始できる |
デメリット | ・家庭裁判所の審判が必要なので、活用できるようになるまでに時間がかかる ・家庭裁判所に定期報告が必要になる ・財産の処分に成約を受ける |
・不動産所得の損益通算ができない ・身上監護ができない |
成年後見・家族信託ともに、認知症の親を支える面でメリット、デメリットがあります。
4.成年後見制度を使っても生前贈与はできない
親が認知症になると、生前贈与ができなくなる点は、成年後見も家族信託も同じです。
生前贈与は、贈与契約に基づくものなので、判断能力を失った方とは行えません。 「成年後見なら、代理人として贈与契約も結べるのでは?」と考えるかも知れませんが、成年後見制度では、親の財産から支払いができるものは、あくまで親の生活に必要な費用に限定されます。
そのため、相続税対策のために生前贈与を行うことは、本人の生活を守ることとは関係がなく原則不可となります。
5.成年後見制度は自由度が低い
成年後見制度を利用すると、財産目録や関係資料とともに毎年、家庭裁判所への報告が必要になります。もし財産の処分などについて、家庭裁判所から疑問を抱かれれば、呼び出されることもあります。
これに対し、家族信託には財産の処分に対する制約が特になく、管理や運用の自由度が高いことから、相続財産を守る上でメリットがあります。
たとえば、固定資産税や修繕費など管理コストが発生する財産は、必要なければ早めに売却した方が良いでしょう。家族信託で行う財産管理では、このような判断も制約を受けることなく行うことができます。
6.家族信託のデメリット
家族信託のデメリットは、専門家の中でも意見が多数分かれます。
代表的なものとして上記に上げた「身上監護」とは、医療・介護や生活維持、教育といった事項に関する契約や契約の実行を監視することです。この身上監護は、家族信託では対応できません。
その他、信託財産の中の不動産収益はその他財産からの所得と損益通算ができない、遺言でなければ対応できない、などもデメリットとして挙げられます。
どのようなケースで家族信託が使われるのでしょうか。下記の記事をご参考ください。
関連記事:「家族信託」の基本と家族信託が使われる具体的なケース
7.成年後見制度も家族信託も事前の準備が重要
たとえば、上場株式をもっている親が認知症になってしまったところ、ある銘柄の株価が下がり始めたのですぐに売りたいというケースがあるとします。
■ 成年後見制度は、申立てから審判によって成年後見人が選定されるまで、少なくとも2ヶ月はかかるためこの時になって子が成年後見制度の申立てを行っても、株式を最適なタイミングで売却できる可能性が低いです。
■ 家族信託は判断能力が十分でなくなる「前」しか、信託契約を結ぶことはできないため、上記のケースでは活用できません。
不測の事態で財産を減らしてしまうことを防ぐには、成年後見制度も家族信託も親の判断能力が十分であるうちの事前の準備が重要となります。
8.「成年後見制度」「家族信託」の違いを知って相続の生前対策を
認知症対策は、今後、相続税対策と合わせて、親子の安定した生活を確保するために不可欠です。
親の相続に備える場合、ご家族の状況や保有している財産の状況によってどのような対策が最適であるかは変わります。成年後見制度や家族信託で認知症対策を行うときこそ相続の専門家にご相談ください。後の相続対策やご家族の思いなどを考慮し、生前対策や家族信託契約内容の最適な提案を受けることができます。
日本クレアス税理士法人
執行役員 税理士 中川義敬
2007年 税理士登録(近畿税理士会)、2009年に日本クレアス税理士法人入社。東証一部上場企業から中小企業・医院の税務相談、税務申告対応、医院開業コンサルティング、組織再編コンサルティング、相続・事業承継コンサルティング、経理アウトソーシング決算早期化等に従事。事業承継・相続対策などのご相談に関しては、個々の状況に合わせた対応により「円滑な事業承継」、「争続にならない相続」のアドバイスを行う税理士として定評がある。(プロフィールページ)
・執筆実績:「預貯金債券の仮払い制度」「贈与税の配偶者控除の改正」等
・セミナー実績:「クリニックの為の医院経営セミナー~クリニックの相続税・事業承継対策・承継で発生する税務のポイント」「事業承継対策セミナー~事業承継に必要な自己株式対策とは~」等多数
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