判断能力の低下がみられる家族には、後見人による財産管理のサポートが必要です。その後見人を誰が務められるのか(近親者orそれ以外の親類or弁護士や司法書士などの有資格者)、多くの家庭で最低でも一度は議論されるのではないでしょうか。
はじめに結論を述べると、後見人に特別な資格は不要です。
唯一求められるのは「不正なく後見人の職責をこなせる能力」であり、家庭裁判所に適性を認められなければなりません。本記事では、近い将来において財産管理のサポートを必要とする当事者へ、後見人の役割と責任・家庭裁判所が適任者と判断する基準を紹介します。
【この記事で分かること】
- 成年後見人の義務…「身上配慮義務」「善管注意義務」とは
- 後見人の選任基準…法律で定められた適任者選びの方法・欠格事由と不適格事由
- 第三者から後見人が選ばれる条件…家庭裁判所の判断基準・近年行われている不正防止策
1.成年後見人とは?
そもそも「成年後見人」とは、認知症や知的障害により判断能力(事理弁識能力)が低下した人のための「財産管理人」を指すものです。
本来、財産管理の権利は排他的なものであり、本人以外の誰にも行使を許されません。しかし判断能力が落ちてくると、本人が自分のためになると確信して行った管理行為が、かえって不利益に繋がってしまう恐れがあります。
このように自己の利益を図ることが難しくなった人が、信頼する相手に財産行為を任せられるようにしようとするのが、後見制度の趣旨です。
<【一例】成年後見人にできること>
- 預金口座の入出金
- 老人ホームや携帯電話の契約
- 居住用不動産のメンテナンス
- 居住用不動産の売却※
- 賃貸借契約の締結or解除※3つめの項目
※たとえ後見人であっても、家庭裁判所の許可が必要です。
1-1.後見人の義務
後見人の権利義務については、法律で詳細にわたって規定されています。
特に注意しなければならないのは、身上配慮義務と善管注意義務です(以下詳細)。大切な家族を守るためには至極当然と思われる内容ですが、後見人の適性を客観的に判断する上で明文化されています。
【後見人の義務①】身上配慮義務とは?(民法第858条)
後見人は、財産管理・療養看護の実施(老人ホームや介護施設の契約)において、本人の意思を尊重し、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければなりません。
「本人のためになるから」と言って相性の合わないサービスに介護を委ねたり、本人が元気なら忌避すると思われる契約を締結したりする行為は、後見人として避けるべきだとされています。
【後見人の義務②】善管注意義務とは?(民法第644条・第869条)
後見人は、職業あるいは社会通念の上で、客観的に期待される程度に「自分の財産におけるのと同一の注意を払いながら」財産管理を実施しなければなりません。
自分の財産ではないからといって、元本保証のない契約を安易に結んだり、不利な条件で不動産を売却してしまったりするのは、当然避けるべきとされています。
後見人として本人のサポートを始めるには、まず上記2つの義務に忠実であることを家庭裁判所に理解してもらわなければなりません。
2.成年後見人に資格は必要?
冒頭で述べた通り、後見人として活動するにあたって特別な資格は不要です。法律や介護等の職業資格も、本人との血縁関係の有無も問われません。
あくまでも「義務を理解した上で職責を全うできる」と家庭裁判所に認められうるなら、誰でも後見人になることが出来るのです。
では、家庭裁判所が後見人の適正を認める上で、具体的にどんな判断基準を用いているのでしょうか。
まずは民法で定められる後見人選任のルールを解説した上で、実際にどんな人が適任者とされるのか(あるいは不適任と判断されるのか)を解説します。
3.成年後見人はどのように選任される?
後見人になろうとする人が誠実に職責を全うできそうかどうかは、民法第843条で定められる通り「被後見人(=判断能力が低下した人)を取り巻く一切の事情を考慮して」判断されています。
特に条文内に明記されている以下4つの事情は、審理(選任者を決めるための審議)における最重要事項です。
【後見人の選任基準】(民法第843条より)
- 資産状況
…後見人業務の難易度は資産評価額に比例するものと考え、慎重に審理が行われます。 - 本人の経歴
…職歴・病歴などを参照し、被後見人のパーソナリティに基づいて必要な支援内容について検討されます。 - 家族関係
…血縁関係・同居の有無・被後見人との心理的距離を総合的に判断し、本人の意思を汲んで最良の判断ができる人物が積極的に選ばれます。 - 事理弁識能力の低下レベル
…自己の利益を図るための能力(事理弁識能力)が残されているにも関わらず後見人を選任することで、本人の利益をかえって損ねかねません。そこで、医師の診断書や「鑑定」(裁判所命令での医師診断)を通じ、後見事務の必要性が慎重に確認されます。
3-1.後見制度の種類
後見人の選任基準で目につくのは、本人の意思が考慮外になりやすい点です。
この問題を解決するために、旧来の「法定後見制度」に加えて、本人が元気なうちに後見人を指定できる「任意後見契約」が選べるようになりました。法定後見制度での後見人選びは家庭裁判所の意思に委ねられますが、任意後見契約では後見人候補者について本人の希望を反映させることができます。
<法定後見制度とは>
後見人は家庭裁判所が選び(=選任)、財産管理や療養看護についても家裁の管理下におかれます。
※法定後見制度での後見人は「成年後見人」と呼ばれます。
<任意後見契約とは>
あらかじめ本人が適任者と思える人を後見人に指定しておき、財産管理や療養看護についても本人の希望する範囲を指定しておけます。後見開始後は法定後見制度と同じく、家庭裁判所の監督下におかれます。
※任意後見契約で本人に指定された後見人は、法定後見制度との混同を防ぐため「受任者」と呼びます。
【注意】任意後見契約でも「受任者が必ず後見人になれる」というわけではない
一見すると「任意後見契約であらかじめ適任者を選んでおけば、家庭裁判所の判断や資格を意識しなくてもいいのではないか」と思えますが、これは誤りです。法定後見制度・任意後見契約の両方とも、後見人としてふさわしくないと判断される基準(欠格事由・不適格事由)が設けられているからです。
4.成年後見人になれる人となれない人の違い
それでは、後見人になれる人・なれない人は、実務上どのように区別されているのでしょうか。
後見人選任は個別のケースで柔軟に判断されるものの、裁判所の運用ルールに沿って被後見人本人と一定の関係を有する人が選ばれやすい傾向にあります。反対に「明らかに職務を全うする能力がない人物」「客観的に不正行為の懸念がある人物」については、法定後見制度を定める条文により選任されません。
まずは後見人として選ばれやすい人から、選任理由を含めて解説します。
4-1.後見人になれる人とは
任意後見契約の受任者は第三者(弁護士や司法書士)でも目立った支障はないものの、法定後見制度では親族(特に近親者)から積極的に選任されます。
こうした選任基準の背景にあるのは、平成26年まで続いた不正報告の多発です。行政や裁判所が行った対策が功を奏して近年は減少傾向にありますが、依然とし後見人による横領などの事例は防ぎきれていません。
【参考】後見人による不正報告数(被害額)※年次
平成24年:624件(約48億1,000万円)
平成25年:662件(約44億9,000万円)
平成26年:831件(約56億7,000万円)
平成27年:521件(約29億7,000万円)
平成28年:502件(約26億円)
平成29年:294件(約14億4,000万円)
引用:成年後見制度の現状(厚生労働省資料)
平成31年3月18日に政府が行った専門家会議で、最高裁から「成年後見人は親族が望ましい」と提言されました。本人とのあいだですでに十分な信頼関係が構築されているというだけでなく、将来の相続や生計の共有状況から考えても、横領などの不正は起こりにくいと考えられるからです。
※第1回 成年後見制度利用促進専門家会議の詳細はこちらの厚生労働省のWebページからご確認いただけます。https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000213332.html
成年後見人の選任では十分に個別の事情(家族仲やそれぞれの生活圏など)が考慮されますが、近親者の選任をどうしても避けたいときには、客観的にやむなしと判断できるような事情が必要です。
4-2.「後見人になれない人」とは
では反対に、後見人の適正がないと明確に判断される基準とはなんでしょうか。
この点については、家裁ごとに判断のブレがないよう、法定後見制度・任意後見契約のそれぞれにおいて明文化されています。
<法定後見制度:欠格事由 >
成年後見人として選任から排除される基準は「欠格事由」と呼ばれます(以下一覧)。本事由に相当する人物は、本人のために誠実に職務を果たす意思とスキルがあったとしても、家裁に選任されることはありません。
【成年後見人の欠格事由】(民法第847条)
- 未成年者
…20歳未満(民法改正後は18歳未満)は、そもそも自力で財産行為できないため選任されません。 - 家庭裁判所で免ぜられた法定代理人、保佐人または補助人
…過去の後見事務において家庭裁判所に任を外された経験のある人は、当時相当の事由があったと考えられるため、選任されません。 - 破産者
…破産手続き中でまだ免責(返済義務の免除)を得ていない人は「破産者」として扱われ、自己の生活再建を優先すべき状況であるため選任されません。 - 被後見人に対して訴訟をし、又はした者並びにその配偶者及び直系血族
…本人と何らかの対立関係にある人は、本人の利益につながることを進んで行える心理的状況にないと考えられるため、選任されません。 - 行方の知れない者
…警察へ行方不明届が提出されている人は、そもそも自分の財産を平常通り管理できている状況にないと考えられるため、やはり選任されません。
<任意後見契約:不適格事由>
任意後見契約では、受任者の業務開始を認めるか再検討すべき事情を「不適格事由」と呼びます。法定後見制度との決定的な違いは、本人の意思尊重という観点から、不適格事由があっても受任者による後見開始が認められる可能性がある点です。
【成年後見人の欠格事由】(民法第847条)
- 民法第847条(成年後見人の欠格事由)に該当する者
…前項の①〜⑤に該当する人は、契約に基づいて後見開始することについて著しく消極的な判断が行われます。 - 不正な行為、著しい不行跡その他任意後見人の任務に適しない事由がある者
…任意後見契約の前後に受任者と本人との関係が悪化し、その原因が受任者側にあるときは、やはり契約通りの後見開始について消極的判断が行われます。 - 本人が成年被後見人、被保佐人または被補助人である場合において、当該本人に係る後見、保佐又は補助を継続することが本人の利益のため特に必要であると認めるとき。
…老老介護など、後見しようとする人自身が財産管理についてサポートを必要とする状態を指します。
5.第三者が、成年後見人に選任される場合
問題は、生活上の都合や欠格事由・不適格事由により、親類に本人をサポートできる人がどうしても見つからないケースです。無理強いは家裁の権限でも出来ないため、家裁側もしくは後見開始の申立人が立てた第三者候補者(弁護士と司法書士)から後見人を選んでもらうほかありません。
このような第三者から後見人を選ばなければならない状況を、裁判所はどのように判断するのでしょうか。
5-1.第三者後見人が選任される基準
家裁による第三者後見人の選任基準は、公的には明確にされていません。唯一ある程度の目安が示されているのは、弁護士向けの実務情報のみです(以下参照)。
【第三者後見人の選任基準】
- 親族間に意見対立がある場合
- 本人に賃料収入等の事業収入がある場合
- 本人の財産(資産)が大きい場合
- 後見人等候補者ないしその親族と事件本人との利害対立がある場合
- 後見人等候補者が高齢の場合
参考:「成年後見の実務」(LIBRA2010年12月号/東京弁護士会)https://www.toben.or.jp/message/libra/2010/
以上のように目安が設けられているものの、第三者後見人の選任は依然として減少傾向にあります。
どうしても本人を家族でサポートすることが難しい(あるいは避けたい)ケースでは、あらかじめ任意後見契約を結んでおくか、弁護士の支援を得て裁判所に事情説明を行うのが望ましいと考えられます。
5-2.第三者後見人の不正対策
第三者後見人による横領等の不正は、支援を受ける本人のみならず遠くから見守る家族にとっても心配事です。家裁や行政でもこの不安は認識しており、以下のような不正防止策が運用されています。
<定期報告の義務化>
後見開始後は、年1回のペースで報告書と財産目録を組み合わせて家庭裁判所に提出しなければなりません。収支状況を家裁が管理し、不審な支出をすぐに指摘できるようにするためです。
書類提出による報告が遅れた場合は、裁判所命令での財産状況調査に加え、後見人の解任処分が行われます。
<後見人の報酬付与>
後見開始時、家庭裁判所の権限で後見報酬の有無を決定できます(民法第862条)。
報酬付与はたんに後見人の意欲亢進に繋がるというだけでなく、付与のつど行われる後見事務状況の審査により、結果的に家裁の介入機会を増やせる効果が得られます。
左記の点に着目され、平成24年度以降は報酬を支払う条件で後見開始を認めるケースが増加しています。
<後見監督人制度の運用>
後見開始の際は、家裁の個別ケースに対する判断しだいで「後見監督人」が別途選任されます(任意後見契約は必ず選任)。
監督人は弁護士または司法書士資格を有する人物から選ばれ、収支状況のチェック・本人の困りごとの汲み取りなどを日常的かつ公正に実施する役割を担います。
<後見制度支援信託>
後見制度支援信託とは、被後見人名義の財産を民間業者(信託銀行)が預かり、後見人へ必要な金額を定額送金する制度です。後見事務中に一時的な支出が発生したときは、家裁の許可を得たことを信託先に報告するまで出金できません。
後見事務中の財産管理をリアルタイムで分かるよう透明化できるため、本人と家族の両方にとって安心できる制度です。
6.まとめ
後見人に選ばれるために特別な資格は不要ですが、①本人の利益尊重を主旨とする2つの義務(身上配慮義務・善管注意義務)に忠実であること・②欠格事由や不適格事由のないことの2点が要求されます。
また、不正防止の観点で③親族が後見人になるよう推奨されている点も念頭におくべきでしょう。
高齢者や障害者を取り巻く環境は十人十色です。
サポートを要する段階になって「自分を含め後見事務ができそうな親族がいない」と支援者側が悩んだり、あるいは本人が従前から「特定の人物に後見人を任せたい」と望んでいたりするケースは、決して稀ではありません。
財産管理の支援が必要になる時期がやってきそうな時は、なるべく早い段階で弁護士等の専門家に相談しましょう。任意後見契約の提案から第三者を後見人とするためのフォローまで、状況に合わせて的確な支援が得られます。
日本クレアス税理士法人
執行役員 税理士 中川義敬
2007年 税理士登録(近畿税理士会)、2009年に日本クレアス税理士法人入社。東証一部上場企業から中小企業・医院の税務相談、税務申告対応、医院開業コンサルティング、組織再編コンサルティング、相続・事業承継コンサルティング、経理アウトソーシング決算早期化等に従事。事業承継・相続対策などのご相談に関しては、個々の状況に合わせた対応により「円滑な事業承継」、「争続にならない相続」のアドバイスを行う税理士として定評がある。(プロフィールページ)
・執筆実績:「預貯金債券の仮払い制度」「贈与税の配偶者控除の改正」等
・セミナー実績:「クリニックの為の医院経営セミナー~クリニックの相続税・事業承継対策・承継で発生する税務のポイント」「事業承継対策セミナー~事業承継に必要な自己株式対策とは~」等多数
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