不動産は活用されることで財産になり得る代物です。ただ所有しているだけでは、税金や維持管理コストがかさむばかりで益になりません。
こと「亡くなるまで親が住んでいた家」「地方にあり買い手がつかない土地建物」は、相続人にとって重い“負の財産”となってしまいがちです。
価値のない不動産の負担から逃れる方法として「相続放棄」が有効ですが、問題を素早く確実に解決できるわけではありません。不動産の相続放棄について相続人が理解しておくべきことを、相続税法・税法・行政の対応方針の各視点から解説します。
- 【この記事で解説すること】
- 相続放棄の概要
- 不動産の相続放棄時に残る「管理義務」について
- 財産的価値のない土地建物の相続時に起こる問題
1.相続放棄とは
相続放棄とは「申立人の相続分全体を放棄すること」を指します。
家族の一員が亡くなると、法定相続人(配偶者・親・子・兄弟姉妹)は相続について意思表示しなければなりません。その際に用意されている3種類の選択肢のうちのひとつが相続放棄にあたります。
法定相続人に用意された選択肢
(1)単純承認…法定相続分全体を承継する
(2)限定承認…負債を清算してから承継する
(3)相続放棄…法定相続分全体を放棄する
(2)の限定承認は、あくまでも負債の承継をプラスの財産評価額に限定するだけの手続きです。不動産以外の財産を承継するという趣旨の手続きではありません。したがって、財産的価値のない土地建物の所有から確実に逃れるには、(3)の相続放棄が唯一の手段となります。
(参考記事) 相続放棄とは?手続きの方法・期間・注意点について解説
ただし「借金または財産的価値のない不動産がある=相続放棄すべき」と一概に言うことは出来ません。以下で紹介する相続放棄の特徴を理解した上で、申述すべきか慎重に検討しましょう。
1-1.プラスの財産ごと放棄しなければならない
相続放棄にあたって、個別に財産を選ぶことは出来ません。
財産的価値のない不動産の所有から逃れようと相続放棄を選択すると、現金・有価証券等の有益な財産も承継することが出来なくなります。
1-2.放棄された相続分は他の法定相続人に移る
相続放棄が行われた場合、放棄した人が最初からいなかったものとして法定相続分を計算します。言い換えると、放棄された相続分が他の家族に移ることになるのです。
放棄された相続分が他の法定相続人に移らないようにするには、個別に相続放棄の申述を行わなければなりません。借金や財産的価値のない不動産が多く遺されている場合、トラブル防止のために相続放棄することを家族に伝える必要があります。
1-3.相続放棄の申述には期限がある&撤回はできない
相続放棄の申述期限は「相続開始を知ってから3ヵ月以内(民法第915条1項)」です。また、いったん申述すると、後から不動産以外の財産が多額に及ぶことが分かっても、撤回は一切認められません(民法第919条)。
1-4.相続放棄された財産=自然に国庫に帰属するというわけではない
負債や不動産の維持管理コストが大きすぎると判断した場合は、相続人全員で相続放棄するのが適当です。こうして相続人のいなくなった遺産は、自然に国のものになるわけではありません。
はじめに相続財産法人に帰属し、負債の清算と家裁による相続人捜索が最短11カ月かけて行われ、その上でなお遺産を承継すべき人物がいないときに、ようやく国庫帰属となります(民法第951条・第959条)。
ここで新たに生じるのが「国庫帰属までのあいだ誰が土地建物を管理するのか」という問題です。この点については、以下のように規定されています。
2.不動産の相続放棄(民法940条)について
相続放棄をしても、財産管理の義務から免れることは出来ません。相続放棄から帰属先が決まるまでのあいだ「遺産に含まれる土地建物の管理義務」は継続し、修繕費や防災対策費用を捻出する必要があるのです。
【参考】民法第940条1項
相続の放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。
しかし、誰も承継しない財産について、国庫帰属までのおよそ1年のあいだ遺族が管理し続けるのは無理があります。相続放棄するか否か以前に、被相続人(=故人)が天涯孤独というケースも当然考えられます。
そこで、相続人のいない遺産(不動産含む)については「相続財産管理人」に委ねる制度が設けられています。
2-1.相続財産管理人とは
相続財産管理人とは、相続人がいない時に財産管理を任される人物を指します。家庭裁判所に弁護士・司法書士等から広く選任され、負債の清算や不動産管理等を遺産がゼロになるまで行います。
【相続財産管理人選任の条件(民法第952条)】
- 相続人の存在または不存在が明らかでないこと(相続人全員が相続放棄しているケース含む)
- 利害関係者※または検察官からの申立があること
※利害関係者とは…
法定相続人・被相続人の債権者・遺言による贈与を受けた受遺者・特別縁故者(生前の被相続人に対して特別の貢献があった個人または法人)を指します。
いったん相続財産管理人が選任されると、国庫帰属を待つことなく土地建物の管理義務から免れます。ただし申立があるまで選任は行われないため、相続人全員で遺産の放棄を決めたあとは、速やかに手続きに入らなければなりません。
3.空き家や田舎の家の相続放棄の問題点
平成26年までに行われた調査によると、空き家の総数は820万戸に及びます。
空き家の取得原因の半数以上が相続であり、そのうち約40%が「解体費用をかけたくない」という消極的な理由で残されています。また、空き家所有者のうち約37%が遠隔地に在住しており、空き家のほとんどが地方圏に残されていること・所有者が都市生活に馴染んでいて居住できないことが推察されます。
参考:国土交通省資料「空き家の現状について」https://www.mlit.go.jp/common/001172930.pdf
同じような状況に陥らないよう相続放棄を選択する上で、現状の制度は次のような問題を抱えています。
3-1.土地建物の管理コストは年間何十万円に及ぶことも
不動産の帰属先が決まるまでのあいだ、相続放棄者は「不動産にかかる税金」と「メンテナンス費用」のどちらも負担しなければなりません。
【土地建物の管理コスト】
・固定資産税
・都市計画税
・火災保険
・家屋の修繕費用
・庭木の剪定費用
・災害リスク防止のための建物取り壊し費用
・業者委託費用(もしくは相続放棄者自身の交通費)
これらの費用を合算すると、年間何十万円にも及ぶことがあり、決して安くない費用と言えるでしょう。
3-2.損害賠償請求は不動産の帰属先が決まったあとも残される
崩壊した建物が近隣に散乱したり、剪定の行われていない庭木が隣接地の敷地を侵したりした場合、損害賠償請求が発生します。
故人の生前に発生したものは、相続放棄により消滅するため請求に応じる必要はありません。
しかし、故人の死亡~不動産の帰属先が決まるまで(あるいは相続財産管理人が選任されるまで)の間に発生した損害賠償請求は、放棄者と他の共同相続人で分担して負わなければなりません。また、この時発生した損害賠償請求権は、不動産の帰属先が決まったあとも継続して残されます。
損害賠償請求の金額は数百万円に及ぶ可能性もあります。近隣の迷惑にならないよう、多少費用がかかっても土地建物の管理は万全に行われるべきです。
3-3.管理コストを巡って相続トラブルに発展する可能性が高い
不動産以外の遺産に一定の財産的価値があるケースでは、他の法定相続人が承継する意思を示す可能性があります。
「土地建物の管理は承継する人がやるべきだ」と考えるのはごく自然ですが、承継する立場の人からは「法律上は相続放棄者にも管理義務がある」と反論されてしまいます。
このように、遺産分割終了までの間の不動産管理コストを誰が負担するかを巡り、親族間トラブルになりかねません。
3-4.相続財産管理人にも報酬が発生する
全員が相続放棄することになったとしても、相続財産管理人の選任には費用がかかります。
【相続財産管理人の選任費用】
・収入印紙:800円
・官報公告料:4,153円
・予納金(相続財産管理人の報酬):20万円~150万円※
※金額はあくまでも目安です。財産額や管理コストに応じて変化します。
土地建物の年間管理コストや地価と比較しながら、相続放棄を取りやめて活用の道を拓くことも検討しなければならない可能性があります。
3-5.管理を怠れば罰則がある
管理コスト負担を巡って親族と意見対立したり、相続財産管理人選任の申立をしなかったりすると、土地建物の管理が行き届かず荒廃が進みます。この場合、どうなるのでしょうか。
平成26年11月、適切な管理が行われていない空き家を減らすための特別措置法が施行されました。不動産の帰属先が決まるまでの管理を怠れば「特定空き家」に指定され、税額が最大6倍まで(更地と同等)上昇する可能性があります。
【特定空き家の指定条件】
- そのまま放置されれば倒壊の危険があるもの
- 衛生上有害となる恐れがあるもの
- 管理が行われないことで景観を損ねているもの
- その他周辺の生活環境の保全を図る上で障害となるもの
参考:「空き家等対策の推進に関する特別措置法」第2条2項
特定空き家に指定されてもなお管理を怠ると、同法により20万円以下または50万円以下の罰金も科せられます。近隣からの損害賠償請も避けられず、膨大な額の支払い義務が生じることになります。
4.「亡くなった親の家」は相続後譲渡すれば税控除がある
2019年4月にスタートした特例措置により、被相続人(=故人)の住まいを相続して譲渡した場合に税控除が適用されます。
【特例措置の内容】
税控除の内容:譲渡所得より3,000万円の控除
適用条件:①~③の全てに該当する必要があります
①被相続人の住まいを耐震リフォームまたは取り壊ししていること※1
②譲渡日が「相続開始日から起算して3年目の年末まで※2」であること
③特例を受けるための手続きが2023年12月31日までに行われていること
※1:もともと耐震性がある場合、取り壊さずに譲渡しても特例が適用されます。
※2:被相続人が老人ホームに入居中に亡くなった場合は「譲渡日=2019年4月1日以降であること」も条件に加わります。
この特例措置により、現状では財産的価値のない土地建物でも「手を加えれば売却の見込みが立つので相続する」という道を選択しやすくなりました。
5.まとめ
相続放棄はあくまでも不動産所有による将来のコストをカットする手段であり、相続人の負担をゼロにすることは出来ません。注意を要するポイントを整理すると、次の通りです。
【不動産の相続放棄で特に注意すべきこと】
- 相続放棄=プラスの財産も放棄することになる
- 相続放棄の申述は撤回不可
- 放棄された財産は他の法定相続人に移る
- 相続放棄できる期限は「故人の死亡を知ったときから3ヵ月間」
- 相続放棄しても、財産の帰属先が決まるまで「管理義務」が残る
相続放棄後に発生する土地建物の管理コストを巡り、財産承継の意思を示す親族とのあいだでトラブルに発展することがあります。
利用価値のある財産が他にないなら、相続人全員で放棄して相続財産管理人選任の申立をするのが適当です。それでも管理人に対する報酬等のコストは覚悟しなければなりません。
管理を怠れば、損害賠償や罰金が発生します。いずれにしても、相続放棄後に一定の費用捻出が求められることに変わりはありません。ケースによっては「不動産を受け継いで何とか土地を売り抜ける道」を検討してもよいでしょう。
日本クレアス税理士法人
執行役員 税理士 中川義敬
2007年 税理士登録(近畿税理士会)、2009年に日本クレアス税理士法人入社。東証一部上場企業から中小企業・医院の税務相談、税務申告対応、医院開業コンサルティング、組織再編コンサルティング、相続・事業承継コンサルティング、経理アウトソーシング決算早期化等に従事。事業承継・相続対策などのご相談に関しては、個々の状況に合わせた対応により「円滑な事業承継」、「争続にならない相続」のアドバイスを行う税理士として定評がある。(プロフィールページ)
・執筆実績:「預貯金債券の仮払い制度」「贈与税の配偶者控除の改正」等
・セミナー実績:「クリニックの為の医院経営セミナー~クリニックの相続税・事業承継対策・承継で発生する税務のポイント」「事業承継対策セミナー~事業承継に必要な自己株式対策とは~」等多数
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