不動産を中心とする相続ケースでは、多額の遺産承継が発生したにも関わらず「キャッシュ(現金)不足で納税できない」という事態が生じがちです。そこで生前準備では、遺言書作成などと並行して「納税資金確保」も意識しなければなりません。
相続財産として代表的なものに不動産がありますが、不動産には賃貸経営などさまざまな収益化モデルがあるものの、生前のあいだに売却し、現預金資産として相続させるべきケースが多くあります。
現在住んでいる家や先世代から受け継いだ不動産の扱いに悩む人へ、納税資金対策の必要性とその方法について解説します。
1.納税資金対策はなぜ必要?
納税資金対策とは「所有資産に対する今後の課税に備え、十分なキャッシュを蓄えておく」手配を指します。本対策は法人税や所得税などさまざまな税金に対して行われていますが、こと相続税については高い確率で資金対策が必要です。
そもそも、課税対象となる“遺産”の内訳は実にさまざまです。ごく一般的なライフプラン(現役時代の貯蓄を老後の生活で消費する計画)を考慮すれば、死亡時点で十分な現預金資産が遺されているとは限りません。
もしも所有財産に占める現預金の割合が著しく低下した状態で相続開始を迎えてしまうと、相続人の判断で遺産の一部売却等を行うか、延滞税の発生に目をつむってでも納税猶予を作る必要が生じます。結果として、生前の希望通りの遺産承継が叶わないばかりか、遺された家族にかえって負担をかけてしまうのです。
以上のような事態を避けるにあたり、生前のあいだに資産運用あるいは一部売却を行って「財産に占める現預金残高を増やしておく」計画は必要不可欠なのです。
1-1.不動産や自社株の多い相続ケースは対策が必要
なかでも特に納税資金対策を要するのは、相続財産の多くが不動産や自社株で構成されているケースです。これらは「現金化しにくい資産」にあたり、査定・販売広告・株式の場合は議決機関の承認などのプロセスを踏まなければなりません。
したがって、相続税の申告期限(死亡から10ヶ月以内)に相続人が独力で現金化、つまり手元資金の確保に至る見通しは高くないと言えます。
ここからは、本記事のテーマである「不動産」にフォーカスし、さらに相続時の注意点を解説します。
2.不動産を所有している人は要チェック、不動産相続の注意点
先に触れた通り、納税資金の確保にあたっては「資産運用(収益化)」もしくは「売却」のいずれかの方法をとります。
相続財産の内訳が不動産に偏っているケースに限って言えば、多くは「生前のあいだにタイミングを見計らって売却しておく」選択がなされているのが現状です。その理由として、不動産相続につきまとう以下3つの問題が挙げられます。
①運用する場合の問題点
不動産の運用(収益化)の方法として、賃貸経営や転用などが考えられます。経営プランはさまざまですが、いずれの場合でも「入居率低下による赤字転落リスク」「災害や住民トラブル等による価値毀損リスク」と常に隣り合わせです。
後者の被災リスクについてさらに述べると、入居者側はともかく、賃貸オーナーに対する公的な支援制度は皆無と言っても差し支えありません。
換言すれば、不動産を収益化しようとするなら、十分な手元資金(経費+万一の際の経営再建費用+賃貸オーナー向け損害保険の掛金)が大前提となるのです。
②相続開始後も「分割方法」でトラブルが起きやすい
目論見通りに納税資金を確保できたとしても「相続開始後にどのように取り分を決めるか」が次の難題として立ちふさがります。不動産の分割方法別に、その方法を解説した上で問題点を挙げてみましょう。
【参考】不動産の分割方法
現物分割
…必要に応じて分筆を行い、不動産Aは配偶者・不動産Bは長男…とのように現物のまま相続する方法です。公平で簡便な分割方法ですが、分筆によって狭小化した土地を持て余す・被相続人が生前行っていた活用モデルを維持できなくなるなどの問題が生じがちです。
換価分割
…まず売却し、その対価を各人の相続割合に従って分割する方法です。 単身生活を送る高齢者の住まいや、廃業予定の農地を相続する場合に適しています。一方で、売却にあたっては仲介業者選定から査定・販売広告と複数のプロセスを踏む必要があるため、相続人だけでスムーズに売却手続きを進められるかどうかは不安が残ります。
代償分割
…不動産を単独承継しようとする相続人が、自身以外の他の相続人に対し、その相続割合相当の金銭を支払う方法です。 相続開始後も引き続き居住等の用途で確保する必要のある土地建物に適していますが、納税だけでなく代償分割用のキャッシュを確保しなければならないのが難点です。
共有
…相続人各人の持分を決め、ひとつの不動産を共有する方法です。以降、共有状態の不動産は各人の持分に応じて使用できますが、持分売却・現状維持目的を超える変更などを行う際は「共有者全員」もしくは「共有者の過半数」の同意が必要です。
以上の点を背景に、二次相続(被相続人の配偶者や子が死亡したときに開始される相続)以降でのトラブルのもとです。相続の回数を重ねるほど共有者のあいだで不動産利用に関するコンセンサスがとりにくくなり、持分を売りたいのに売れず、土地建物が荒廃していく・相続人間の持分買い取りをめぐって意見対立する等の事態が起きやすくなります。
以上のように、どの分割方法でも相続トラブルや手元資金の問題が生じます。
相続開始後のプロセスを練りきれないのであれば、生前のあいだに売却しその対価を承継させるほうがよいと言えます。
③相続税以外の課税関係
不動産を相続した人物への課税は、相続税だけではありません。ほかにも、相続登記(所有者名義の変更手続き)の際にかかる「登録免許税」、売却時にかかる「譲渡所得税」の負担があります。
登録免許税は「固定資産税評価額の0.4%相当」と金額が小さく、問題になることは少ないでしょう。もう一方の譲渡所得税は、税額軽減につながる特例を使用しない限り15%または20%(所得税+住民税)と高額です。
売却対価への課税は相続人自身のライフプランに影響します。売却タイミングは生前と死後のどちらがよいのか、課税額をシミュレーションしながらよく検討すべきでしょう。
3.価値や収益性で異なる土地の活用方法
不動産相続には諸々の問題点があるものの、納税資金確保のためのアクション(収益化or売却)を選択で勇み足になるのは禁物です。まずは土地建物の価値と収益性を見極めて整理しましょう。
3-1.価値・収益性の調べ方
価値や収益性を推し量る際は、①初期投資に充てられる予算、②建築規制、③周辺環境、④土地建物の収益性の4要素を用います。
【価値・収益性の基準となる要素】
①初期投資に充てられる予算…造成費・建設費・建築費融資の際の保証金や頭金に充てられる予算があるか
②建築規制…都市計画に沿い、地方自治体が定める規制(用途・建ぺい率・容積率など)
③周辺環境…駅からの距離・接道状況と道幅・地域住民や来訪者のニーズなど
④土地建物の収益性…投資全般で用いられる評価方法(後述)で算出した「利益の予測値」
3-2.収益性評価の方法
土地活用は元本割れリスクと一体であり、漠然とした想定利益で始めるのは禁物です。活用方法がある程度絞り込めた段階で、将来得られる利益の予測(土地の収益性評価)をいったん数値化しなければなりません。
評価にあたっては、投資全般で用いられる下記の手法を用います。
- キャッシュフロー…収支計算の上で手元に残る利益
=収入-経費 - 利回り(ROA)…総資産に対する利益の効率
=キャッシュフロー÷(土地建物の時価+初期投資額) - ペイバック期間…投資した金額を回収するまでの期間
=活用のために投じる自己資金(初期投資額+経費)÷キャッシュフロー
上記のほか、内部収益率(IRR/将来得られる利益を現在価値に修正して求める収益効率)等の指標も用います。以下ではさらに、活用方法別の特色や留意点について紹介します。
3-3.売却すべき土地とは
以上の4要素を整理した上で、目標の「納税資金確保」を達成できそうにないものは売却に踏み切るべきです。具体的には、以下のようなケースが該当します。
- 初期費用がかかりすぎる
…形状が歪・傾斜が強い・荒廃が進んでいるなど、多額の初期投資を必要とする事情を抱える土地建物 - ペイバック期間が長すぎる
…初期投資額や経費に対するキャッシュフローの割合が低く、費用回収に時間がかかりすぎる土地建物 - 周辺環境や建築規制が原因で需要の低い土地
…積極的な販売活動を継続する必要があり、運用に手間がかかりすぎる土地
納税資金確保の際は、当然ながらタイムリミット(=相続開始)を意識しなければなりません。活用効率の悪い土地は、業者による買い取り手続きも視野に入れ、早期のキャッシュ確保に動くべきでしょう。
また、上記は売却したほうがよいケースのうち代表的なものに留まります。所有者側の事情(運用能力に対する不安など)についても、積極的に早期現金化する理由となります。
もし「収益化すれば納税資金確保の見込みがある」と判断できる場合には、価値と収益性の検討結果に合わせ、以下のような活路があります。
3-4.売却しない場合の活用方法①:賃貸経営
駅から程よい距離で騒音の少ない環境であれば、アパートやマンション経営が適しています。賃貸物件が密集している地域であれば、差別化を図ってファミリー需要を獲得するため「戸建経営」もよいでしょう。
ただし、狭小な土地(30坪以下)や敷地形状に難のある土地には向きません。
さらに言えば、建築費(特にマンション経営の場合)は融資で調達するケースがほとんどです。収益性計算ではローン返済額を見込んでおき、税額軽減につながる税制も調査しておく必要があります。
3-5.売却しない場合の活用方法②:駐車場やトランクルームの経営
居住に向かない狭小な土地・敷地形状に難のある土地でも、駐車や資材管理などの保管の用途に活用できます。
舗装や精算機設置などの簡単な準備で済む分、初期投資も安くなります。白線を引いだだけの敷地を近隣住民に貸し出す形式(青空駐車場)なら、最低限の設備費も節約可能です。
一方で、利用者一人当たりの単価が低いのは、駐車場やトランクルーム経営の難点です。月極と一時利用の区画を分けるなど、単価を上げる工夫がケース毎に必要です。
3-6.農地のままでの活用方法
農地は宅地に比べて路線価や固定資産税評価額が低く、あえて宅地転用しないことで継続的にかかるコストを押さえられるのがメリットです。問題はその活用方法ですが、所有者に営農の意思がない場合、以下2つの手法が考えられます。
■活用方法①:農地の貸し出し
営農意思のある人へ有償で貸し出す方法です。借り手とのマッチングは農地中間管理機構(農地バンク)に依頼できるほか、営農できない理由が所有者の疾病・障害等のやむを得ないものである場合は、地方自治体に相談することもできます。
■活用方法②:再生可能エネルギー生産施設への転用
ソーラーパネルを設置し、太陽光発電を行って電力会社に売却する方法が代表的です。政府では2009年以降、太陽光発電による電力の「固定価格買取制度」を実施しており、事業計画を策定したのち原則として10年間は価格据え置きで電力を売却できます。
いずれの活用方法にも課題はあります。
農地貸し出しを選択する場合には、借り手の営農意思が持続するとは限りません。農作物の生産体制については政府や地方自治体の方針の影響を受けやすく、災害で生産力が弱まる可能性も否定できないからです。
2点目の再生可能エネルギー生産施設としての利用は、土地規模(ソーラーパネルの設置可能枚数)が収益性に強く影響します。また、年々固定価格の低下が進んでいる点も見逃せません。
4.相続不動産を売却する方法
相続開始後に不動産を売却する場合は、下記の流れで進みます。被相続人名義のまま売却しようとする場合は、遺言もしくは共同相続人全員の同意が必須です。
【相続不動産】売却手続きの流れ
①相続開始(不動産所有者の死亡)
②遺言執行or遺産分割協議
③法務局での名義変更手続き(相続登記)
④売却手続き(査定・造成や解体・売却条件の話し合い)
⑤(②のステップで決定していた場合)代償分割 ⑥相続税申告
相続開始後の不動産の活用方法・売却時の留意点等については、こちらの記事「相続した方動産を売却するには?税負担を軽くする方法は?」で解説していますので合わせてご参考ください。
5.不動産売却以外の納税資金対策
収益化するか売却するかの判断は、不動産投資に通じる専門家や業者でないと難しいのが現状です。さらに、収益性が低く売却に適している土地建物は、無事に現金化出来てなお納税資金に足りないケースがあります。
そこで、売却以外の別の手段でキャッシュを確保する方法や、課税額そのものを減じる特例に関する知識も、生前準備に役立てられます。
5-1.生命保険を活用する
納税資金対策のひとつとして、不動産の承継者を受取人に指名して生命保険に加入する方法が考えられます。
死亡保険金には一定の非課税枠(500万円×法定相続人の数)があり、現預金のまま相続させる場合に比べ、手元に残せる金額が大きくなるのがメリットです。また、民法では相続財産として扱われないため、遺産分割の対象になりません。給付額が高額に及ぶケースを除き、遺留分侵害額請求※の対象にはならないのです。
※遺留分侵害額請求とは
…遺贈によって兄弟姉妹を除く法定相続人に保障された最低限の相続割合(=遺留分)が侵害されたとき、その侵害額に相当する金銭等の支払いを求める交渉または裁判上の手続きを指します。
以上の点から、生命保険への加入は「不動産の承継人のためのより確実なキャッシュ確保手段」となります。
5-2.生前贈与時の特例(相続時精算課税制度)を活用する
相続時精算課税制度とは、60歳以上の親世代(父母や祖父母)から20歳以上の子世代(子や孫)に生前贈与した際、贈与税について最大2,500万円の特別控除が適用される制度です。
なお、贈与された財産のうち特別控除額を超える部分については、一律20%(通常の暦年課税の場合は50%~55%)の税率となります。
本制度の適用申請を行い、老人ホーム入居など土地建物が不要になるタイミングで贈与しておくことで、課税額そのものを低減できます。
5-3.価値上昇の見込まれる不動産でメリットあり
本制度を適用した贈与財産は、相続開始後に遺産と合算して税申告しなければなりません(=相続時精算)。
他方、精算時の生前贈与分は「贈与時点での評価額」で据え置かれます。相続開始までのあいだに路線価や固定資産税評価額が変動していたとしても、子世代へ不動産名義を変更した時点での金額が相続税の課税ベースとなるのです。
周辺の市街化や再開発が進んでいる等の有望な不動産は、十分な現金資産を確保しておいたとしても、目論見違いで納税資金が不足する可能性があります。このようなケースでは、相続時精算課税制度の活用がより適しています。
6.まとめ
不動産を中心とする相続ケースでは、収益化もしくは売却による納税資金対策が必須です。 収益化、つまり保有して不動産のまま相続させるケースでは「運用リスク」「分割方法を巡る相続トラブルの可能性」「そもそも収益性評価や活用方法をどうするのか」等の問題が生じると言わざるを得ません。
少なくとも不動産の評価や承継人の運用能力に不安がある場合には、売却を積極的に選択すべきでしょう。
不動産を巡る生前準備は、査定・販売・投資・税務の各分野で高い専門性を要します。十分な準備期間を確保するためにも、なるべく税理士や不動産取引に長けた業者に相談することをおすすめします
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