民法882条で「相続は、死亡によって開始する」と定められていますが、その死亡以外に相続が開始する原因として、失踪宣言があります。
失踪して所在がわからなくなった人の生死が一定の期間を経過してもわからない場合に、その人を法律上死亡したものとみなす手続きが「失踪宣言」です。
今回のコラムでは失踪宣言の2つの種類を確認しながら、実際の手続き方法について紹介します。
目次 |
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1.そもそも失踪宣告とは? |
1.そもそも失踪宣告とは?
失踪宣告は、家族など関係者から家庭裁判所に申し立てを行い、家庭裁判所が行います。 まだ亡くなったと確定したわけではない状態ですから、失踪宣告を行うことにためらいを感じる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし失踪宣告を行うことによって、遺された家族が再スタートを切るために大切な手続きを進められるようになります。
1-2.失踪宣告の影響
失踪宣告が行われると、失踪宣告を受けた人は、法律上死亡したものとみなされます。
このことによって、失踪宣告を受けた人の財産や身分に関する法律関係が変化します。
■相続への影響
失踪宣告を受けた人の遺族には、財産を相続する権利が発生</spanします。
また、失踪宣告を受けた人が相続人となる相続が発生している場合は、失踪宣告を受けた人を相続人から除外することができます。ただしこの場合、失踪宣告を受けた人が法律上死亡とみなされた時と被相続人の死亡時の前後関係や、子どもがいる場合の代襲相続の発生に注意が必要です。
■婚姻関係への影響
失踪宣告を受けた人に配偶者がいる場合、その婚姻関係が消滅します。
この場合、配偶者は法定相続人になります。
ただし、離婚ではなく死別ですので、姻族(結婚によって生じた親戚関係)の関係を消滅させたい時は、別途手続きが必要になります。
■社会保険への影響
失踪宣告を受けた人が、社会保険の被保険者である場合は、その加入者資格を失います。
もし死亡一時金や遺族年金の受給要件を満たしていれば、遺族にこれらが支給されます。
※年金を受け取っている人が失踪してその所在が1ヶ月以上明らかでない時、同じ世帯の方は、「年金受給権所在不明届」を年金事務所に提出しなければなりません。
■生命保険金への影響
失踪した人を被保険者とする生命保険に加入している場合、失踪宣告によって、死亡保険金の請求を行うことができるようになります。
1-2.失踪宣告以外の対応方法
失踪宣告の手続きを行うには、通常、失踪した人の生死不明の期間が7年必要になります。この期間中、何もかも失踪前のとおりに行うというのは大変ですので、失踪宣告を行う以外の対応方法もご紹介します。
たとえば再婚するために、失踪した人と離婚をしたい場合は、失踪した配偶者を被告とする「離婚訴訟」の手続きを利用することができます。失踪した相手を7年間待たなければ再婚できないわけではありません。(ただし、離婚した配偶者に相続権はありません)
また、失踪した人の財産や個人で行った契約の清算は、家庭裁判所で「不在者財産管理人」を選任するという方法があります。
このほか、失踪によって国民健康保険や国民年金の保険料の納付が生活の負担となる場合は、市町村役場に、納付の減免について相談しましょう。市町村の定める減免の要件に該当すれば、一部軽減、あるいは全額免除となります。
なお、失踪宣告の種類によっては、7年を待たずに失踪宣告ができる場合もあります。詳しくは次項で解説します。
2.知っておきたい失踪宣告の種類
失踪宣告の対象となる失踪には、「普通失踪」と「特別失踪」があります。
2-1.普通失踪とは
「普通失踪」とは、失踪状態にある人の生死が7年間分からない失踪をいいます。
「特別失踪」の要件に該当しなければ、「普通失踪」の宣告を行うこととなります。なお、普通失踪による失踪宣告が行われた場合、失踪した人が法律上死亡したとみなされる時期は、「失踪から7年間の期間が満了した時」になります
2-2.特別失踪とは
特別失踪とは、戦争や事故、災害など、失踪した時の状況が一定の要件に該当する場合、その状況がなくなってから1年間、生死がわからない失踪のことをいいます。
特別失踪は「危難失踪」とも呼ばれ、条文上は、下記を要件としています。
・戦地に臨んだ方
・沈没した船舶に乗っていた方
・その他、死亡の原因となる危難に遭遇した方
特別失踪による失踪宣告が行われた場合、失踪した人が法律上死亡したとみなされる時期は、「その危難が去った時」になります。
2-3.失踪宣告と認定死亡の違い
法律上死亡したものとみなす手続きには、失踪宣告のほかに「認定死亡」があります。
「認定死亡」とは、ご遺体の確認には至らなかったものの、状況からして死亡していることが明らかと認められる場合の制度です。
事故や災害等を調査した警察や海上保安庁といった官公庁による判断のもと、死亡したものとして市町村に報告されることが要件となります。
認定死亡については、戸籍法に定められています。
【戸籍法第89条】
水難、火災その他の事変によつて死亡した者がある場合には、その取調をした官庁又は公署は、死亡地の市町村長に死亡の報告をしなければならない。(以下、省略)
条文のとおり、死亡を判断した官公庁には市町村に報告する義務があり、この報告によって法律上死亡とみなされるものが、認定死亡になるということです。
認定死亡は、失踪宣告よりも死亡している確実性が高い場合のケースで、失踪宣告ができるケースよりも限定的となります。また、失踪宣告と異なり、認定や認定の取り消しに裁判所の手続きを必要としません。
3.失踪宣告の手続き方法、その期間
失踪宣告は、失踪宣告の申し立てを受けた家庭裁判所の審判によって行われます。したがって、まずは家庭裁判所に失踪宣告の申し立てを行うことが必要です。
失踪宣告の申し立て後は、家庭裁判所から、申立人や失踪した人の関係者に調査が行われます。
さらに、失踪した人が生存していないか確認するため、官報や裁判所の掲示板で一定の間催告を行います。催告の期間は、普通失踪であれば3ヶ月以上、特定失踪の場合は、1ヶ月以上の期間で行われます。
催告の期間内に、失踪した人からの届出や、失踪した人の生存を知っている人からの届出がなければ、失踪宣告の審判が確定します。
失踪宣告の申し立てから審判が確定するまでにかかる期間は、個別のケースによりますが、目安は6ヶ月ほどです。
3-1.失踪宣告の申し立て
失踪宣言の申し立てができる人は、失踪した人の利害関係人に限られます。たとえば配偶者、相続人、遺言で財産を取得する人、財産管理人などです。
<失踪宣告の申し立て先>
失踪した時の住所地または居所地の家庭裁判所です。管轄裁判所は裁判所のWebサイトから検索ができます。
http://www.courts.go.jp/saiban/kankatu/index.html
3-2.失踪宣告に必要な書類
失踪宣告に必要な書類は、①失踪宣言の申立書、②添付書類です。
①失踪宣告の申立書
失踪宣告などを申し出るための家庭裁判所の書類です。
<失踪宣告の申立書の主な記載事項>
- 申立人について…本籍、住所、連絡先、氏名、生年月日、職業
- 失踪した人(不在者といいます)について…本籍、最後の住所、連絡先、氏名、生年月日、職業)
- 申し立ての趣旨や理由…失踪時の状況、警察への行方不明届の提出状況、失踪の申し立てについて審判を求める旨など
様式は、家庭裁判所のHPからダウンロードできます。
裁判所HP:失踪宣告の申立書
http://www.courts.go.jp/saiban/syosiki_kazisinpan/syosiki_01_06/index.html
②失踪宣言の申立書に添付する書類
失踪した人の情報や、申立人との関係などを確認する書類です。
<失踪宣告の申立書に添付する書類>
- 失踪した人の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 失踪した人の戸籍附票
- 申立人の利害関係を証する資料
- 失踪を証する資料
失踪した人の戸籍謄本(全部事項証明書)や戸籍附票は、本籍地のある役所で発行してもらえます。
申立人の利害関係を証する資料については、相続人であれば、戸籍謄本を用意して失踪した人との親族関係を証明する必要があります。ただし、失踪した人と同じ戸籍にある人が申立人の場合は、失踪した人の戸籍謄本1通で足ります。
失踪を証する資料については、失踪の状況によりますが、たとえば警察署から発行される行方不明届の証明書などが考えられます。
なお上記の書類は標準的な添付書類で、個別の申し立て内容によっては、必要になる書類が追加されることもあります。事前に家庭裁判所や専門家に状況を説明して確認しておくと良いでしょう。
3-3.失踪宣告の申し立てにかかる費用
失踪宣告の申立書には、収入印紙800円分の貼付が必要です、
また、添付書類の戸籍謄本(全部事項証明書)の発行には1通450円、戸籍附票は1通300円がかかります。
このほか、連絡用の郵便切手代と官報公告料4,816円がかかります。
3-4.失踪宣告の審判が確定したら
失踪宣告の審判が確定したら、失踪宣告の申し立てをした人は、10日以内に「失踪の届出」を行わなければなりません。
届出先は、失踪した人の本籍地か届出人の所在地のいずれかの市区町村役場です。
<失踪の届出に必要な主な書類>
- 失踪届(各市町村の様式)
- 家庭裁判所の審判書の謄本および確定証明書
- 届出人の印鑑
審判書の謄本および確定証明書は、審判の確定後に受け取ることができます。なお確定証明書には、交付を申請する際に150円分の収入印紙が必要です。
届出先である市区町村役場の戸籍を担当する窓口で相談をしながら提出書類の確認をすると良いでしょう。
上記のほかに失踪した人の本籍が、届出先の市区町村でない場合は、別途戸籍謄本などが必要になります。
4.失踪宣告後の取り消し方法
失踪宣告を行った後、実はその人が生存していた場合(①)は、失踪宣告の取り消しを行います。また、死亡していた場合でもその死亡時期が失踪宣告のものと異なる場合(②)は、同様に、失踪宣告の取り消しを行います。
【失踪の宣告の取消し(民法第32条)】
失踪者が生存すること又は前条に規定する時と異なる時に死亡したことの証明があったときは、家庭裁判所は、本人又は利害関係人の請求により、失踪の宣告を取り消さなければならない。(以下省略)
①失踪宣告の相手が生存していた場合
失踪宣告の後、法律上死亡したとみなされた人が実は生存していたことがわかるケースが稀にあります。
この場合、家庭裁判所は、生存していた本人やその利害関係人からの申し立てによって、失踪宣告を取り消さなければなりません。そうしなければ、失踪宣告を受けた人は、戸籍や住民票の上で死亡扱いとなるため、社会保障などを受けることができないのです。
失踪宣告を取り消すには、家庭裁判所に、失踪していた本人や利害関係人が、失踪していた本人の住所地の家庭裁判所に「失踪宣告の取り消し」の申し立てを行います。
②失踪宣告をしていた相手の死亡がわかった時
失踪宣告の後に、実際に死亡していたことがわかる場合もあります。
ご遺体が発見されたり、亡くなった状況を知っている方が発見されたりするケースです。
ところが、その死亡時期が、失踪宣告による死亡時期と異なる場合があります。
たとえば、10年前に行方不明となったご家族について失踪宣告が行われ、3年前に法律上死亡したものとみなされたものの、実は1週間前の交通事故で亡くなっていたことが判明したというような場合です。
このように、死亡の時期が異なることが証明された場合も、家庭裁判所に「失踪宣告の取り消し」の申し立てを行い、失踪宣告を取り消します。
4-1.失踪宣告を取消したらどうなる?
失踪宣告を取り消した場合、原則、失踪宣告を行う前の状態に戻ります。
身分関係は元に戻り、相続によって取得した財産は返還するということです。
ただし、失踪宣告の取り消しの効果は、「失踪の宣告後その取り消し前に善意でした行為の効力に影響を及ぼさない」という決まりがあります。
善意というのは「生きていることを知らなかった」ということです。
このことから、生きていることを知らずに配偶者が再婚している場合、失踪宣告の取り消しをしても婚姻関係は元に戻りません。
また相続によって取得した財産についても、現に残っている財産に限って返還すればよいこととされています。
5.失踪宣告受理後の相続はどうするの?
失踪宣告が行われた後は、法律上死亡したとみなされた人を被相続人とする相続が開始します。
日付やそれに伴う期限が、通常の相続とは異なるため注意が必要です。注意が必要な代表的な項目を以下にご紹介します。
①失踪宣告の相続の開始日
失踪宣告が行われた場合、法律上死亡したとみなされた日が相続の開始日となります。
普通失踪であれば「失踪から7年間の期間が満了した時」で、特別失踪であれば「危難が去った時」となります。
②相続放棄の期限
相続放棄の手続きは、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に行う必要があります。
失踪宣告の場合、この期限は、失踪宣告の審判が確定後から起算されます。
③相続税の申告期限
相続税の申告期限は、「相続の開始があったことを知った日」の翌日から10ヶ月です。
失踪宣告による相続では、失踪宣告の審判の確定があったことを知った日の翌日から10ヶ月になります。
④相続財産の課税時期
相続財産の課税時期は、「相続の開始時」です。したがって、法律上死亡したとみなされた日が課税時期となります。
不動産や株式等のように、課税時期によって評価額が変化しやすい財産に注意しましょう。
5-1.失踪宣告後の相続手続き
ご遺族が行う手続きとしては、まずは、法定相続人の確定です。
失踪届を役所に提出し、被相続人(失踪宣告を受けた人)の出生から死亡までの戸籍謄本を集めましょう。
続いて、財産の確定を行います。
被相続人名義の現金預金、不動産、株式、車両を調べ、相続人で遺産分割を行うことになります。
失踪の場合、遺言書がないなど、遺産相続に対する被相続人の思いがわからないケースも多いことでしょう。そうなると遺産分割は相続人の考えで進めなければならないため、争いが起こることもあるかもしれません。
それと同時に、相続税の申告準備も必要になります。
失踪宣告の場合、前述のとおり課税時期が法律上の死亡時となるので、その時期が数年前になることも考えられます。
6.まとめ
失踪宣言の対象となる失踪には「普通失踪」「特別失踪」の二種類があります。いずれも、失踪宣言を受けた人は法律上死亡したと見なされ、様々な法律関係が変化しますが、相続に関係する代表的なものは下記の4つです。
【失踪制限の相続に関係する影響】
・相続への影響
・婚姻への影響
・社会保険への影響
・生命保険金への影響
ただでさえ複雑な相続税の申告が、失踪宣言によってさらに分かりにくいものになってしまいます。ですが、相続放棄の期限や相続税の申告期限は、失踪宣言をしなかった場合の相続の手続きと変わりません。
日本クレアス税理士法人では、経験豊富な相続専門のスタッフが、様々なご状況にあるお客様を誠心誠意サポートいたします。
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執行役員 税理士 中川義敬
2007年 税理士登録(近畿税理士会)、2009年に日本クレアス税理士法人入社。東証一部上場企業から中小企業・医院の税務相談、税務申告対応、医院開業コンサルティング、組織再編コンサルティング、相続・事業承継コンサルティング、経理アウトソーシング決算早期化等に従事。事業承継・相続対策などのご相談に関しては、個々の状況に合わせた対応により「円滑な事業承継」、「争続にならない相続」のアドバイスを行う税理士として定評がある。(プロフィールページ)
・執筆実績:「預貯金債券の仮払い制度」「贈与税の配偶者控除の改正」等
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