「資産管理のIT化」は世代を問わず進んでいます。電子マネー利用、預金のオンライン取引、さらにネットを使った株取引などの資産運用まで、スマホやパソコンによる財産の管理は高齢者にとって身近なものになりました。
一方で、こうした所有者死亡後の実体のない資産、つまり「デジタル遺産」特有の問題はあまり認識されていません。その問題とは、存在そのものや財産的価値を周囲に把握してもらえず、遺産分割や税申告などの相続手続きから漏れてしまう点です。
本記事ではデジタル遺産が身近に存在することを紹介した上で、所有者からその家族へとスムーズに引き継ぐための生前対策のポイントを紹介します。
1.デジタル遺産とは
財産的価値があるものの、紙の証書や手に触れられるものがなく、電子データとして端末やネット上に存在する資産を「デジタル資産」と呼びます。
デジタル資産を保有するのは、特定業種の法人だけではありません。生活手段のIT化が進むと共に、個人でも「残高確認や取引をスマホorパソコンで完結できる資産」として多数保有されるようになりました。そしてこれらの資産は、所有者が亡くなるとただちに「相続財産」となり、法定相続人や遺言書で贈与された人の所有に属します。
こうして「デジタル遺産」となった財産は、実体のある財産(不動産や現金など)と同じように、遺産分割した上で相続税申告されなければなりません。
2.デジタル遺産の具体例
将来「デジタル遺産」になり得るものは、すでに身近になっています。
以降では、スマホやパソコンを通じてよく利用されるもののうち、代表的なデジタル資産を3つのカテゴリーに分けて紹介します。
2-1.普段の生活で利用するもの
誰もが生活費管理の手段として利用する預金口座は、近年「無通帳化」が進んでいます。また、交通系電子マネーや、スマホに表示させたバーコード等を使う「キャッシュレス決済」の普及も進みました。
こうした最近の傾向を通じて、普段の生活で利用する下記のようなものがデジタル遺産化し始めています。
【デジタル遺産の具体例①】ネットバンキングで管理する預金
- 無通帳口座の残高…三菱UFJ銀行で「Eco通帳」契約口座、みずほ銀行の「e-口座」など
- ネット銀行の口座…楽天銀行の口座、住信SBIネット銀行の口座など
- 交通系電子マネーのチャージ残高…Suica(スイカ)、ICOCA(イコカ)、PASMO(パスモ)など
- キャッシュレス決済サービスのチャージ残高…PayPay(ペイペイ)、LinePay(ラインペイ)など
普段の生活でいわゆる“現金主義”を取っている人でも、多額の買い物では愛用のクレジットカードを利用したり、旅行では特定の航空会社を使うようにしたりするでしょう。こうして還元された下記のようなポイントやマイルも、実体がない以上、やがて「デジタル遺産」になります。
【デジタル遺産の具体例②】各種ポイントやマイル
- クレジットカード利用で貯まるポイント
- デパートやショッピングモールの利用で貯まるポイント
- 航空会社の「マイル」
2-2.資産運用の手段になるもの
取引スピードが要である投資業界では、スマホやパソコンを使ってオンラインで取引する口座が主流になりました。これに伴い、近年では下記のような「デジタル遺産」が形成され、高額化する傾向があります。
【デジタル遺産の具体例③】ネットで取引する証券口座
- 「オンライン取引専用の証券口座」内にある資産
- ネット証券(取引利用者向けの実店舗がない証券会社)の口座内資産
- ロボアドバイザーによる資産運用口座
→上記のような口座では、従来型の証券会社と同じように株式や投資信託などの取引が出来ます。
資産運用の手段になるものも、今や株式等などの従来型の資産だけではありません。 「暗号資産」(=仮想通貨)のような新しい技術で創られた資産や、あるいは「投資型クラウドファンディング」のように証券取引所の外で投資できる手段が増えています。
こうしたものは全て、ネットに繋がる端末と預金口座さえあれば、資産管理はおろか口座開設や解約の手続きまで完結するのが一般的です。当然、所有者が亡くなれば「デジタル遺産」として相続手続きの対象になります。
【デジタル遺産の具体例④】新しい金融資産
- 暗号資産(ビットコインなど)
…市場に参加する人と売買できる「仮想通貨取引所」に預け入れられている場合もあれば、電子的に作成する「ウォレット」で所有者自身が管理する場合もあります。 - 「未上場の資産を扱う投資会社」に預け入れた資産
…近年では、特定の投資案件(不動産など)について取引所の外で出資者を募り、オンラインで資産の預け入れや分配金付与に対応する投資会社が増えています。そうした投資形態について、近年現れたものの代表格が「クラウドファンディング」です。
2-3.「負の遺産」になるもの
「亡くなった人の財産に属する一切の権利義務」と条文で定められる通り、何らかの利益を得られる権利だけでなく「義務」も遺産に属します。
当然、遺産に属する義務のなかには、実体を持たないデジタル資産も含まれます。義務として受け継がれるデジタル資産は、具体的に下記のようなものです。
【デジタル遺産の具体例⑤】「負の遺産化」するもの
- 通販サイトの未決済分
- サブスクリプション契約(動画見放題サービスなど)の利用料金
上記のようなデジタル遺産は「亡くなった後すぐにサービス解約する」などの適切な死後事務を行わなかったことで発生します。たとえ本人がもう利用することがないとしても、契約が残っている限り、プラスの相続財産の中から決済しなければなりません。
言い換えれば、これらは相続人の損失に繋がる「負の遺産」です。
3.デジタル遺産の問題点
デジタル遺産は通常、所有者本人しか知らないセキュリティ情報(IDとパスワード)を使って厳重に保管されています。本人以外の人が資産にアクセスできたとしても、肝心の所有者が亡くなった後の適切な扱い方(※税申告や資産移管の方法)は、現時点で広く認知されているとは到底言えません。
上記のような「デジタル遺産特有の難しい性質」を理由に、下記4つの問題点にまつわるトラブルが今後急増すると考えられます。
問題点①:周囲の人に気付いてもらいにくい
デジタル遺産の第1の問題は、周囲の人に存在を気付いてもらいにくく、遺産分割や相続税申告から漏れる可能性が高い点です。
実体のある資産であれば、故人の周囲に「紙の通帳」や「固定資産税の納税通知書」などが遺されます。これにより、財産目録や遺言書を作成しないまま死亡した場合でも、家族や生活拠点を調べてもらうことで容易に遺産を発見できます。
一方で、端末やネット上で管理される資産の多くはほぼ完全にペーパーレス化されています。こうしたデジタル遺産の存在を家族に把握してもらうには、生前所有していたスマホ(あるいはパソコン)のセキュリティロックを解除し、中のデータを確認してもらわなくてはなりません。
専門業者に頼んでもロック解除がまったくできない、あるいは故人への配慮から端末内データを全消去してしまったなどといったケースでは、せっかくの遺産がまったく管理処分されないまま半永久的に「放置」されてしまいます。
【参考】iPhoneのロック解除問題について
所有者でない人によるiPhoneの端末ロック解除は、メーカーであるAppleのポリシーで「例外なく応じない」とされています。犯罪捜査に必要であったとしても同じ対応をとっており、米国では法廷闘争に持ち込まれたほどでした。
存在が把握されず、一切管理処分されなくなったデジタル資産は、不正アクセスによる盗難やプライバシー侵害のリスクにさらされます。
より深刻なのは、関係者にとりたてて悪意や過失がないにも関わらず、相続税の申告漏れが指摘されるリスクです。現状として、60歳以上がネットで行う証券取引額は全体の約45%に及ぶとの調査結果(※)があるように、相続を控える世代のデジタル資産は巨額化しています。資産額が膨らむほど、課税額も加算税(申告漏れや過少申告などのペナルティとして課される税)も高額化を免れないのは当然で、予想外の重い負担が相続人に圧し掛かることになります。
※出典:「インターネット取引に関する調査結果」日本証券業協会
問題点②:管理状況が本人の健康状態に左右される
第2の問題は、本人の健康状態が悪化した時点で資産管理が滞ってしまう点です。
既に説明した通り、デジタル資産の存在は周囲に気付いてもらいにくい上、そのアクセス方法は所有者しか知りません。仮に認知症を患い、症状が進んでセキュリティ情報が思い出せなくなってしまうと、資産状況のチェックが半永久的に行われなくなる恐れがあります。
このように管理に空白が生まれると、資産の性質上、やはり不正アクセスのリスクにさらされることは言うまでもありません。
さらに悪いことに、元本割れの可能性がある資産(株式・投資信託・証拠金取引の未決済建玉など)に関しては、いずれ含み損という「負の遺産」を相続人に負わせてしまいます。
問題点③:名義変更の方法に気を付ける必要がある
第三の問題は、デジタル遺産の名義変更をどう行うかです。注意しなければならないのは、たとえ相続人がセキュリティ情報を把握していても、これを使って資産を移動させることは基本的に認められない点です(不正アクセス禁止法第4条)。
例えば、生前のうちにオンラインバンキングのログインIDとパスワードをメモしておいたとします。メモを見た相続人が口座にログインし、預金残高から取得分相当の金額を自分や家族の口座へ送金すると、どうなるでしょうか。
一見すると問題のない手続きのように思えますが、相続人に権限(=受任者としての地位)がなければ不正アクセスとみなされる恐れがあります。実際に告訴される可能性はほとんどないものの、セキュリティ情報を使った相続人が「遺産の横領」の疑惑を共同相続人からかけられてしまうリスクは回避できません。
【一例】デジタル遺産を名義変更する時の方法
- 金融機関(銀行や証券会社など)の預かり資産
…取引先の機関に相続手続きを申請し、相続の証明となる戸籍謄本や遺産分割協議書などの書類を提出します。書類確認が終了すると、取得分に沿って預金の払戻しが行われ、口座は解約されます。 - 交通系電子マネー・キャッシュレス決済
…金融機関の預かり資産と同じく、サービス運営元に問い合わせて所定の手続きを取ります。 - 各種サービスの利用ポイント
…利用規約でポイントの相続を認めるサービスに限り、金融機関の預かり資産と同じく所定の手続きで名義変更できます。 - 暗号資産(仮想通貨)
…仮想通貨取引所に預け入れられているか、それとも「ウォレット」で保管されているかで手続き方法が異なります。取引所への預け入れ分は、運営元に問い合わせて所定の相続手続きを行います。ウォレット保管分に関しては、通貨の保有を始める時に作成した「秘密鍵」とここから生成される「公開鍵」を使い、相続人のウォレットや取引所口座に送金します。
問題点④:相続税の課税の仕組みが分かりにくい
第4の問題は、実体のある資産に比べて課税の仕組みが分かりにくい点です。
相続税を申告する時は、まず「財産評価基本通達」に沿って遺産の評価額を算出し、これをベースに課税額を計算します。通達では、土地・建物・動産・株式……とのように資産別に評価方法が指定されていますが、デジタル資産の扱い方に関してはまだ具体的な指示がありません。
近年出現した新しい資産、つまり「暗号資産」や「株式や債権とは性質の異なる未上場の証券」(クラウドファンディングへの参加歴など)は、特に評価が困難です。暗号資産に関しては、2017年にやっと所得の計算方法が国税庁から周知され(仮想通貨に関する所得の計算方法等について(情報)平成29年12月1日)、その後は現在に至るまで頻繁に周知内容が更新されているような状況です※。
※2020年12月11日現在は、課税上の扱いに関する最新情報は「仮想通貨に関する税務上の扱いについて(情報)」でまとめられています。
ネットなどで収集した誤情報を元に相続税申告の手続きを進めると、申告漏れや過少申告が指摘され、ペナルティとして加算税が課税される恐れがあります。課税額の計算や申告手続きでは、申告の実例に基づく適切な判断だけでなく、最新情報を逃さずキャッチしていることも重要です。
4.デジタル遺産対策の心構え
実体の有無に関わらず、生前形成した資産をスムーズに承継するための心構えは共通しています。ただしデジタル遺産に関しては「手に触れられるものがなく、かつ基本的に本人か本人から許可を得た人しか管理処分できない上、さらに課税面も特殊である」点を踏まえ、対策を練っていかなくてはなりません。
【生前対策の基本的な心構え】
- 死後すぐに発見してもらう
- 本人の健康状態に関わらず、管理処分が継続されるようにしておく
- 相続手続きや税申告について家族に負担をかけることがないよう、制度や契約を最大限活用する
それでは、具体的にどのような対策を取ればよいのでしょうか。
以降では、デジタル遺産の生前対策のポイントを例とともに5点紹介します。
生前対策のポイント①:健康なうちに手がかりを残す
家族にデジタル遺産の存在に気付いてもらう上では、何よりも生前のうちに「どこに、どんな資産があるのか」をなるべく伝えておくことが大切です。手がかりさえ残しておけば、実体のある資産の動き(通帳発行済みの口座の入出金明細など)と照合するだけで、容易にデジタル遺産の存在に気付いてもらえます。
【生前対策の具体例】
■ 家族が集まるタイミングで「スマホやパソコンで使っているサービス」について話してみる。
■ 投資会社等から送られてきた取引報告書などは、遺品整理のタイミングで発見してもらえるよう、不要になっても大切に保管しておく。
生前対策のポイント②:資産情報を整理しておく
スムーズに相続手続きを進めてもらう上で、例えば「○○ネット銀行に口座がある」という情報だけでは足りません。口座番号や取引状況など、もっと具体的な情報が必要です。
下記のように情報整理されていれば、遺言書を作成できなかった場合の遺産分割協議(共同相続人の話し合いで取得分を決める手続き)が円滑に進み、実体のある資産と並行して課税額を早めに予測できます。
【生前対策の具体例】
■ 無通帳口座について「銀行名」「口座番号と口座名義人」「最新の種目別預金残高」を具体的にメモしておく。
■ 遺言書には財産目録を添えて、デジタル資産と実体のある資産をまとめて一覧化しておく。
生前対策のポイント③:資産管理の引継ぎ準備をする
本人の健康状態に関わらずデジタル資産の管理を続ける上で、前もって「万一の際は誰に管理をやってもらうか」を決めておくのがベストです。
この際注意したいのは、相続手続きでも起こる「不正アクセス禁止法」に抵触する可能性です。トラブルなく管理を引き継いでもらえるよう、出来る限り契約書面を交わし、管理を引き継ぐ人のアクセス権限を証明できる状態にしなければなりません。具体的には、下記のような対策があると安心です。
【生前対策の具体例】
■ 元気なうちに後見人に指定して「任意後見契約」を結び、認知症発症と同時に財産管理に関する権限(代理権)が生じるようにしておく。
■ 任意後見契約とは別に「死後事務委任契約」も結び、スマホやパソコン内にあるデータの処分(セキュリティ情報が書かれた電子メモ含む)を任せておく。
生前対策のポイント④:遺産分割の方法を指定しておく
デジタル遺産に関しても、実体のある遺産と同じように、出来る限り遺言書で「誰に・何を・どの割合で相続させるか」を指定しておくべきです。
この際、債務発生(含み損や未決済のサービス利用料金など)の可能性に注意して「もし債務が発生した時は、誰の取得分から弁済するのか」を明確にしましょう。また、不正アクセス禁止法に抵触してしまう恐れを考えて、相続手続きの方法も具体的に指示しておくべきです。
【生前対策の具体例】
■ 「無通帳口座の残高」や「ネット証券の口座内資産」はITリテラシーの高い相続人に相続させ、他の家族は「通帳のある口座」や「持ち家」をもらい受けられるよう、遺言書で指示しておく。
■ 遺産分割の内容とは別に条項を設けたり、付言事項(法的効力を持たない部分)を活用したりして、相続手続きの方法を指定しておく。
最も確実なのは、遺言書を作成した上で、弁護士や税理士などの信頼できる専門家を「遺言執行者」(生前の意志に沿って相続手続きを行う役職)に指定しておく方法です。
相続を専門とするこれらの専門家は、近年の動向に沿ってIT関連法も熟知しています。遺言執行者に指定した場合、その義務に沿って「デジタル遺産の存在」を相続人に知らせた上で、相続人のITリテラシーに関わらず迅速かつ円滑に進めてもらえる点で安心できます。
生前対策のポイント⑤:税申告は専門家の判断を仰ぐ
デジタル遺産への課税に関しては、最新の実務知識を蓄積している専門家の判断を仰ぎましょう。特に、仮想通貨や外貨建資産などの価値が変動しやすい財産があるケースでは、節税策を含めて「相続人の負担にならない方法」を個別にアドバイスしてもらえます。
相続を専門分野とする税理士は、別分野の士業とも連携して「生前どのように情報整理をしておくか」などの状況に密着した提案も可能です。
5.まとめ
個人所有のスマホ等で管理される「デジタル資産」は、ペーパーレス化やセキュリティの強化、そして不正アクセスに関する法整備が進められてきました。
こうした変化は所有者が健康な間こそ安心できる要素ですが、やがて「発見してもらえず相続手続きから漏れる」「本人が管理できない間に不正アクセスされてしまう」などのトラブルを招きます。特に投資目的の高額資産が相続手続きから漏れた場合、課税面で相続人に重い負担をかけるのが心配です。
スマホやパソコンを1台でも所持していれば、自覚はなくてもデジタル資産を保有している可能性があります。健康なうちに家族と話し合い、端末で利用するサービス等の情報を整理して、管理引継ぎや遺産分割に備えましょう。
「実体なき資産」は課税面を中心に実務家しか判断できない要素が多いため、税理士や弁護士になるべく相談することをおすすめします。
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相続相談はどこにするべき?専門家(税理士、司法書士、弁護士)の強み
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